14.19-32 強襲?32
テレサが慌ててハイスピアのことを隠す。クラスメイトたちとはまだ距離があるため、夜闇に紛れれば、ハイスピアの姿を隠すことくらいは容易だった。
一方、マリアンヌの方は、表情には出さないまま焦っていたようである。冷気と共に吹き抜けてくる風が、臭気魔法の匂いを跳ね返すために、クラスメイトたちをうまく制御下に置けなかったのだ。
そしてもう一人。非常に慌てていた者がいたようだが……。まぁ、彼女の話は置いておこう。
そんな状況の中で、ワルツは頭を抱えていた。
「どうして、こう、問題が次から次に起こるのかしら?」
珍しくワルツが独り言を呟いたその直後——、
「……ワルツ様」
——ワルツはある人物から話しかけられた。テレサに呼ばれた後、未だ国に戻っていなかったユリアだ。
彼女の存在に気付いたワルツは、ハッとした表情を浮かべると、今度はホッとした表情を見せる。彼女さえいれば、どうにかこの窮地を乗り切れる……。そう考えたらしい。
◇
一方、ミレニアは、ワルツたちの事を攻撃をするつもりで、氷魔法を放っていた訳ではない。ここは言わば敵地。どこから攻撃されるとも分からなかったので、普段抑えている魔力を解放していたのである。そう、抑えていなければ、日常生活に支障が出るほど、彼女の魔力は強いのだ。
そんなミレニアは、ジャックやラリーからの報告で、既に森に敵兵はおらず、ワルツたちが耳を疑うようなことをしていると連絡を受けていた。それを確かめるために、彼女は皆を引き連れて、"駅"までやってきたのだ。
そして実際、ミレニアたちには、ワルツたちが耳を疑う——いや、この場合、目を疑うようなことを行っているように見えた。ワルツたちが、敵兵士たちを"駅"の大穴に放り込んだ後、その中からわざわざ救い上げて治療しているように見えていたのだ。
ミレニアたちの理解は間違ってはいない。正確である。しかし、ワルツたちの行動を理解出来るかといえばそうではなく、不可解な行動のようにしか思えなかったようだ。未だ国際法や捕虜の扱いなどが定まっていないこの世界において、敵兵を救うなど、ありえない事だからだ。
そしてもう2つ、ミレニアの中では解決していない疑問があった。
「(ハイスピア先生の死体を見たとか、おとぎ話に出てくるような魔族の姿を見たとか……そんな報告を受けたんだけど……)」
彼女は、斥候をしてもらったジャックとラリーの2人から、まったく同じ報告を受けたのである。曰く、見るからに死んでいるとしか思えないハイスピアの死体を、ワルツたちが穴の底から引き上げていた。曰く、腰からコウモリのような羽を生やした魔族らしき人物が、ワルツたちと共に行動している、と。
1人だけの報告なら見間違いの可能性もありえたが、2人が同じことを報告してくるとなると、軽視することは出来なかった。ゆえにミレニアは、自らの目で見て判断するために、この場へとやってきたのである。
しかし、その場には、ハイスピアの死体は無かった。そればかりか、普段の姿のハイスピアがその場に立っていたのである。当然、魔族と思しき人物の姿もいない。
いったい何が何なのか……。そんな疑問を抱きながら、ミレニアが斥候をしていたジャックとラリーに視線を向けるものの、2人ともミレニアと同じく混乱しているようで、ミレニアの視線に首を傾げていたようだ。
「せっかくここまで来たんだから、聞くしかないわね……」
火の無いところに煙は立たない。ワルツたちが自ら話しかけてこないところを見ると、彼女たちが何かを隠しているのは間違い無さそう。ではいったい何を隠しているのか……。
ミレニアはひとまず問いかけることにしたようだ。
「あなたたち……そこで何をしているの?」
対するワルツ一行は、ハイスピアも含めて、なぜかワルツの方を振り向いた。皆、ワルツが返答するものだと思っていたらしい。
そんな中でワルツは、ハイスピアに向かって恨めしそうなジト目を向けてから、こう答える。
「見ての通り、穴に落ちたけどまだ息のある人たちを救助しているところよ?」
その回答は、ミレニアが想像した通りのものだった。国際法が無いこの大陸においては非常識な行動だとはいえ、別の大陸においては常識的な行動かも知れない……。普段、ワルツたちと接しているためか、そのくらいの想像はミレニアにも出来たのである。
「そう……不思議な事をするのね?敵兵なんて放っておけば良いのに」
「今日は敵かも知れないけれど、明日や1年後、10年後には、味方になっているかも知れないじゃない。それに、彼らは戦いたくてここに来たわけじゃないと思うのよ。結局は上層部にやらされて仕方なくここに来ただけ。逃げれば処刑。……そんな背景があるかも知れないと考えれば、救助するのも当然だとは思わない?」
「なるほど……」
ミレニアはワルツの説明に納得した。心の底から納得したわけではないが、論理的に破綻しているとは思えなかったらしい。
そして彼女は改めて問いかける。ワルツたちに本当に確認したかった質問を。
「敵兵を救助する理由は分かったわ。だけど……ハイスピア先生は?」
その質問は、極めて曖昧なものだった。どうとでも解釈の出来る質問だ。
普段の他愛ない会話の中であれば、ワルツの場合、「ハイスピア先生?ここにいるけど……」と答えるはずの質問である。しかし今、この場において、その質問は、ワルツにとって痛いところ突く質問となっていた。
情報局長「(私はハイスピア。私はハイスピア……)」




