14.19-30 強襲?30
ポテンティアの治療が、果たして単なる"治療"という言葉で言い表して良いものかは分からない。それほどまでに彼の治療は、異常であり、非常識であり、そして不可解な内容だったからである。医療のスペシャリストであるはずのカタリナや、現代世界の知識を持つワルツでさえ、ポテンティアの治療に眉を顰めていたのがその証拠だ。
『ふぅ。とりあえずはこれで大丈夫でしょう』
「ごめん、ポテンティア。これって……」
「いったい何が大丈夫だというのですか?」
治療が終わったというポテンティアにワルツとカタリナが問いかける。というのも、ハイスピアの姿が以前とまったく異なる姿に変わり果てていたからだ。
身体の一部を欠損し、複雑骨折や多臓器破裂、脳挫傷に至るまで、ありとあらゆる怪我を負っていた数分前に比べれば、確かにハイスピアはまともな見た目に戻っていた。暗い場所であれば、10人の内、9人くらいは、彼女の事をいつものハイスピアだと判断するかもしれない。
しかし、明るい場所では、まったく逆で、彼女の事をハイスピアだと判断できる者はいないかも知れない。いや、顔が変わっているわけではないので、同一人物だと判断は出来るかも知れないが、その中身が同一人物かと問われたとき、おそらく10人が10人、否と答えることだろう。
今の彼女の姿を単純な言葉で例えるなら、パッチワーク。切り貼りをして作り上げた、ハイスピアの形をした人形のようだった。所々に肌色の皮膚が見えるものの、その内側を流れる血液は真っ黒。しかも、皮膚が覆っている部分は、身体の半分くらいで、もう半分は、黒い何かによって覆われていた。
『とりあえず生命活動を維持するために、身体の欠損部位をナノマシンで補いました。皮膚や骨、血液や髄液の他、眼球や脳、脊椎の一部もナノマシンです。あぁ、あと、心臓も。今のところ、出血や、細胞の壊死なども無く、血圧も安定しておりますから、問題無い、と判断しました』
淡々と答えるポテンティア前に、カタリナとワルツは眉間の皺を更に深く刻み込んで、考え込む。とはいえ、ポテンティアのことを批難する言葉を探していたわけではない。もっと別の処置方法があったのではないかと反省していたのだ。
しかし、2人とも、良い方法を思い付けなかった。ワルツとカタリナが持つ医療知識では、患者は生命活動を続けている事が大前提であり、死後から時間が経っていたり、見るからに即死だった場合には、救いようがない——いや、救える確率は限りなくゼロに近かった。それでもハイスピアの処置を行うとすれば、彼女の事を、色々な生命維持装置に接続して、かろうじて生きているという、本当に生きているのかどうかも疑わしい状態にしなくてはならなかったのだ。
それに比べれば、見た目は変わってしまうかも知れないが、機器を使わずに生命活動を再開した今のハイスピアは、雲泥の差で、極めて良好な状態と言えたのである。そこまで考えたワルツとカタリナは、より良い治療方法についての思考を止める事にしたようだ。
そして改めてハイスピアを見て考える。やはり、彼女の見た目が気になっていたらしい。
「死なせなかったことは高く評価するけれど、でも、この姿じゃ、誰にも見せられないわよ?」
『そこは諦めていただくしかありません。黒いペンキを被ったら取れなくなった、とでも言い訳をしてもらうしか……』
「それは流石に酷すぎる言い訳でしょ……」
では、何と言い訳をすれば良いのだろうか……。一番問題が少ないのは、ハイスピアの傷が癒えるまでの間、彼女のことを誰にも見せずに隔離する事だが、癒えるまでに何年かかるか分からない現状、隠し通すのは不可能だと言えた。
「こんな真っ黒になった姿を見せれば、皆、何があったのか、って心配するだろうし……それにハイスピア先生、幻影魔法が解けて、元のエルフの長い耳に戻ってるし……。うーん……・ハイスピア先生の意識が戻った時、今まで通りに幻影魔法が使えるようになれば、まだなんとかなりそうだけれど……」
もしも意識が戻って魔法が使えなかったときは、テレサ辺りに幻影魔法を頼もうか……。いや、そもそも、ハイスピアは意識を取り戻すのだろうか……。ワルツはそんな疑問を抱かざるを得なかったようだ。
ただ、彼女の思考は短い時間で中断することになる。
「……彼女の他にもたくさんの怪我人がいそうですね」
カタリナが穴蔵の中に積み上がった怪我人たちの姿に気付いたのだ。
彼女のそんな言葉に、今までハイスピアを心配そうに見つめていたルシアは、ハッとして救出作業を再開する。怪我人を引き上げては、骨折などの損傷を丁寧に治し、平らな場所へと寝かせていく。
そんなルシアの姿を見て、カタリナは自嘲気味に「フッ」と小さく笑みを浮かべると、ワルツに対してこう言った。
「ワルツさん。ここに私の戦場は無さそうです。公都に戻していただけますか?」
この場はルシア1人で十分だと判断したらしい。
「あ、うん……ごめんね。忙しいのに呼び寄せちゃって……」
「いえ、むしろ良かったです。とても興味深いものが見られましたから」にやり
カタリナは嬉しそうな笑みを浮かべた。しかし、その目は笑っていない。しかも、彼女が視線を向けた先は、ハイスピアではなく、なぜかポテンティア。その視線は、まるで、何か新しい玩具を見つけた子どものような視線だったようだ。
『(お、おかしいですね。僕の機構的に風邪に罹ったり、体調を崩したりすることはないはずですが、なぜか悪寒を感じます)』ブルッ
果たして自分は悪いことをしただろうか……。ポテンティアがそんな事を考えていると——、
「も、申し訳ございません!」
——不意にそんな声がその場に木霊する。大きな声で謝罪の言葉を口にしたのは、いままで黙って事の成り行きを見ていたマリアンヌだった。




