14.18-20 国家運営?20
ワルツには、一つ、心がけていることがある。自分の見える範囲で予期せぬ出来事が起こり、誰かが怪我をしそうになったときに、それを防止することだ。もしも手が届かずとも、彼女には重力制御システムがあるので、それを使えば、直接手を伸ばすことと同じような事が出来るのだから。
ゆえに、マリアンヌが自身の首に突き刺そうとしていた短剣は、皮膚に当たる直前で、何か壁のようなものにぶつかるようにしてピタリと止まっていた。ワルツが、マリアンヌの身体と短剣を、空間に固定したのである。
その上で、ワルツは、マリアンヌへと近付くと、彼女が手にしていた剣を取り上げようとして——、
「……ん?あぁ……私がやらなくても、別に良かったのね……」
——とある事情に気付くことになる。マリアンヌの短剣が、まるでアイスのように溶けて(?)、刃の無いなまくらになっていたのだ。
原因はワルツではない。彼女はマリアンヌの短剣を溶かしただろう人物へと問いかけた。
「さて……この先は貴方が話すのかしら?ポテンティア」
マリアンヌの短剣を溶かしていたのは、彼女に付着していた極小の物体。マイクロマシンのポテンティアだった。彼はどこにでもいるのだ。付着していないのは、ワルツなど極一部の人間だけで、マリアンヌの身体には付着していたらしい。
実際、マリアンヌの身体から、ポテンティアの声が聞こえてくる。
『その機会をいただけるのでしたら、僕が話します』
「そう……。私、こういう説明は得意じゃないから頼むわね」
『まぁ、僕も得意ではないどころか、初めての経験なのですがね?あぁ、重力制御は外されても大丈夫ですよ?』
ポテンティアがそう口にすると、ワルツはマリアンヌのことを重力制御システムから解放した。
ところが、マリアンヌの身体はピクリとも動かない。たったの1mmも。その様子に、ワルツは怪訝そうな表情を浮かべるが、すぐに理由に気付く。
「(あぁ、ポテンティアが押さえつけているのね……)」
目には見えないマイクロマシンたちが、マリアンヌの周囲には複数いて、彼らが協力してマリアンヌのことを押さえつけていたのだ。
ワルツがそんな予想を立てていると、今度はマリアンヌが口を開く。
「ど、どうして身体が……」
動かないのか……。そんな疑問がマリアンヌの口から零れた直後、その原因が姿を見せる。
『それはですねー』
最初に"それ"が現れたのは、マリアンヌが手にした剣の歯の部分だった。黒い物体だ。少しずつ、その黒い物体が形を成していき、次第に肌色の人の手の形となっていく。その手は、ギュッと、マリアンヌの剣を握り締めていた。
そしてその手から先が段々と姿を見せていく——いや、姿を構成していく。手から腕が生え、肩、胴体、首、足と生えていって……。最終的にポテンティアの姿を形作った。
そんなポテンティアの姿に、マリアンヌが目を丸くしていると、ポテンティアはニッコリと笑みを浮かべて、そしてこう言った。
『こうして、見えない僕が、マリアンヌさんの事をいつも守っているからですよ』
正確には、マリアンヌだけでなく、自力での防衛が出来ない周囲のすべての人々に、ポテンティアは付着していた。そして、皆のことを影ながら守っていたのである。まぁ、それを口にすると、周囲の者たちが酷く嫌な顔をするはずなので、ポテンティアは必要最小限のことだけを口にした。
「私を守る……?」
『えぇ、守っていますよ。いつだってね』にこっ
ポテンティアがそう口にすると、マリアンヌの身体から力が抜けた。それを察したポテンティアは、目には見えないマイクロマシンたちの拘束を解いて、マリアンヌの背中に腕を回して彼女の事を支える。
『マリアンヌさんは勘違いされているようですが、貴女が責任を感じる必要性は、いっさいありません。策略を立てて、隣国を滅ぼすなど、普通の国家であればごく普通に行われている事です。偶然、僕らがレストフェン大公国にいたので、マリアンヌさんの策略は失敗してしまいましたが、それは僕らが特殊なだけであって、本来であれば、僕らは介入するべきではなかったのです』
ポテンティアはそう言ってから謝罪の言葉を口にした。
『申し訳ありません、マリアンヌさん。レストフェン大公国にワルツ様方がいる間は、レストフェン大公国の侵略を諦めて下さい。その代わり、あなたが欲するものを、僕が出来る範囲でご提供します』
ポテンティアだけでなく、実はワルツたちも、申し訳ないと考えていた。本来ワルツたちは、レストフェン大公国にはおらず、エムリンザ帝国からの攻撃などにも介入することはないはずだったのだ。
ゆえに、マリアンヌの計画が頓挫したのは、ただのとばっちりで、マリアンヌが責任を感じる必要はない……。それが、ワルツたちの共通見解だったのである。
光狐「……私たち、ここにいたらダメな気がするんだけど?」
機械狐「しっ!黙ってみておるのじゃ!」
夜狐姉「……」わくわく




