14.18-01 国家運営?1
ワルツたちが滞在するレストフェン大公国の南部には、レストフェン大公国よりも3倍ほど広大な領土を持つエムリンザ帝国が存在していた。領土だけでなく、経済力、軍事力、人口ともに、レストフェン大公国の倍以上。そんな国からすれば、レストフェン大公国など小国に過ぎず……。兵士たちの血を流すことなく、策略だけで飲み込むことも可能だと、エムリンザ帝国の高官たちは考えていたようだ。
それが数週間前の話。今、状況は一変していた。
『宮廷や政府関連施設、貴族などの家屋など、国に関わるすべてを砂に変えてしまったので、現在、エムリンザ帝国は国としての体を成していません。あぁ、あと、貨幣や金銀財宝の類いも、すべて回収しております』
政府はなく、治安維持のための武器も一つ残らず破壊し、新たに作られる武器や、他国から持ち込まれる貨幣も、ポテンティアのマイクロマシンたちがリアルタイムで壊し続けている……。しかし、だからといって、治安が悪くなるわけではない。人と人との衝突が起これば、どこからともなく黒い虫たちが現れて、喧嘩両成敗と言わんばかりに全身に群がり、まるで噛まれたような激痛を走らせるのである。あるいは、明らかに悪いことをしようとした者だけが痛い目にあったり……。結果、人同士の衝突はほとんど存在しなかった。
「えっ……物流……いやむしろ、食料とかは、どうなっているの?塩とかは、人が生きるために必要だけど、貨幣が存在しないのよね?物々交換をするにしても、限度があるわよね?」
『人が生きるために必要なものについては、僕たちで支給しています』
武器になりえるものがない——ということは、鍬や鎌、ピッケルやナイフの類いも存在しないため、食料の生産すら出来ないのが現状。ゆえに、ポテンティアが人々の代わりに、作物の回収や狩猟などを行い、皆に分配していたのだ。朝起きて、家の扉を開くと、家の目の前に血の滴る肉が落ちている……。そんな状態だ。
それでも、人々は平穏に暮らしていたようだ。普通に生活を送る上では、何ら支障は無いからだ。働かなくても毎日、新鮮な食料が支給されるのである。そこに貧富の差は関係無い。ある意味、究極の社会主義国家と言えるだろう。まぁ、政府が存在しない以上、国家の体は成していないのだが。
「ふーん……。ポテンティアの実験場ってわけね。で、それを相談してきたってことは、手放したいってこと?」
『えぇ。実験場と言いますか、単に生かしているだけと言いますか……。特に得るものも無いので、手放して仕舞いたいのです。僕のリソースが、かなりエムリンザに取られてしまっていますから』
「なら、手放しちゃえば?」
『いえ、そうもいかないのです』
ポテンティアは、ワルツの言葉に対し、首を横に振った。
『今のエムリンザは、無政府状態。そんな国ですから、周辺諸国がエムリンザの領土を虎視眈々と狙っているのですよ。このままエムリンザの治安維持を放棄すれば、エムリンザでは凄惨な出来事が繰り広げられる事でしょう』
「力で無理矢理バランスを作り上げているから、そりゃそうなるでしょうね」
では、どうすればいいというのか……。それをポテンティアは悩んでいたらしい。
「じゃぁ、周りの国も滅ぼしちゃう?」
『いえ、周りの国を滅ぼせば、その国の周りにある別の国が台頭してきます。レストフェンもそうですが、どの国も国土拡張に前向きな考えを持っているのです』
「まだまだ開発していない土地が国の中にたくさんあるのに、外に領土を広げようとしている、ってわけ?」
『そういうことです。森を切り開いて田畑にするよりも、他の地を奪い取った方が早いというのが、周辺の国々の考え方なのですよ。その根底にあるのは魔物たちの強さ。彼らが強すぎて、人々は森を開拓する気になれないようです。森を開拓するくらいなら、人が開墾した土地を奪った方がリスクが少ないのでしょう』
「それ、人が弱いだけじゃん」
『つまりそういうことです』
弱い生き物は、弱い生き物同士でしか争うことができない……。それは、人も同じで、レストフェン大公国やエムリンザ帝国を含めた周辺国の人々は、常に魔物の脅威に曝されているらしい。
「ってことは、ポテンティアがエムリンザから手を引くと、周辺諸国に攻め入られるだけでなくて、人々が魔物に襲われて、それだけで国が滅びるかも知れない、ってことね」
『その可能性も高いです。どちらが早いかは分かりませんが、滅びることだけは間違いないでしょう。というわけで、エムリンザを手放して、滅ぼしても良いでしょうか?』
「良いわよ?」
『…………』
「……冗談」
『でしょうね』
ポテンティアは苦笑を浮かべながら肩を竦めた。そして彼は思う。……ワルツは面倒事が苦手なので、本気でエムリンザ帝国を滅ぼそうとしていたのではないか、と。




