6中-16 迷宮の中で4
眠いから文が拙いかも知れぬのじゃ・・・。
コォォォン・・・コォォォン・・・
まるで呼吸をするかのようなゆっくりとした速度で、辺りから響く低い音。
あるいは、呼吸ではなく鼓動、と言えるかもしれない。
しかし、目の前の空間の中には、心臓があるわけでも、大きな口が息を吸っているわけでもなく、単に殺風景な空間が広がっているだけであった。
音の強弱に合わせて壁が赤く明滅しているのは、壁の内部に脈動する器官があるのか・・・あるいは、この部屋自体がそういったものなのか・・・。
「なーんもない部屋ね」
「迷宮の核って、何もない空間ですからね・・・」
「ふー・・・ん?」
直径20mほどのだだっ広いだけの部屋の内部を、ワルツが退屈そうに眺めていると、何も無いはずのこの部屋には似つかわしくないものが彼女の眼に入り込んできた。
「ねぇ、あれって・・・」
そういいながら、部屋の中央部を指さすワルツ。
彼女の視線の先には・・・
「剣?」
「・・・?・・・そうですね、剣みたいですね」
まるで幾つかサイコロを真っ直ぐに組み合わせたような無骨なデザインの柄。
そして、中世のロングソードでよくありそうな両刃の刃。
そんな組み合わせの剣のようなものが、部屋の中心部に突き刺さっていたのである。
「・・・ねぇユリア。この国で、伝説の剣とか聖剣の類を迷宮に封印してるとか、あるいはそういう伝承があったりするの?」
「えっと、すごく稀なことらしいですが、聖剣を持った勇者様が迷宮の中で命を落とされたりすると、その聖剣がトレジャーボックスから出てくるって話は聞いたことありますね・・・。でもそれ以外で、国やシリウス様が迷宮の中で剣を管理していたり、封印していたりしているという話は聞いたことないです。あるいはシリウス様なら知ってると思いますけど・・・」
と言いながら、ワルツの後ろで、一直線に空中に浮かべられている、未だ意識のないユキ達に視線を向けるユリア。
「・・・そう。じゃぁ、管理されてないとするなら、迷宮が暴走した原因はあの剣ってことになるのかしらね?」
要するに、迷宮の核に、政府の人間ではない何者かが剣を刺した、ということになるだろう。
「どうでしょうか。迷宮の核に剣を刺したら暴走するなんて話は、全く聞いたことがありませんけど・・・」
そう言ってから・・・ユリアは何かを考えこむようにして、口元に手を当てた。
「ですが、例えばその通りだったとして・・・じゃぁ、一体誰がどうしてそんなことしたんでしょうね?2ヶ月間、放浪していたらしいスカー・ビクセン話を聞く限り、迷宮を思い通りに操作できるわけでも無さそうですし・・・。そう考えると、誰にも得は無いと思うんですよ」
制御出来ない巨大な生物をのさばらせて、得する人間が果たしているのだろうか。
そんなユリアの疑問に、ワルツは腕を組みながら答えた。
「まぁ、可能性としてはいろいろ考えられるわよ?例えば、動き出したら討伐するまで暴れ続けるから、ビクセンの町並みを破壊するのに最適だったとか。・・・あるいは、実はこれがまだ実験段階で、最終的にはプロティーを乗っ取りたいと思っているとか」
「・・・」
「ま、そんな難しい顔しなくても、ここで私たちが剣を抜いて解析しちゃえば問題ないんじゃない?デフテリーも意外に簡単に元に戻るかもよ?」
「・・・それもそうですね」
ワルツの言葉に、ユリアは難しく考えることを止めたようだ。
「でも、ホント、誰がこんな所に剣を刺したのかしらね?」
「問題はそれですよね・・・。恐らく、スカー・ビクセンの一件があってから、この場所への立ち入りは厳しく制限されていたはずなので、誰にでも出来るようなことではないと思うんですけど・・・」
「えーと、ごめん・・・どういうこと?」
ユリアの言葉に、怪訝な表情を浮かべるワルツ。
・・・もちろん、立ち入りを制限した理由を聞いているわけではない。
「え?・・・もしかして、こんな閉鎖空間にどうやったら人が来れるのか、って思ってたりします?」
「うん」
「えっと、本当はこの部屋まで専用の通路があったんですよ?たくさん検査用のゲートがあったり、研究用の部屋があったり・・・。でも、もう無くなっちゃいましたけどね」
「あー、そういうことね・・・」
どうやら、ワルツが迷宮の壁に大穴を開けてしまったがために、内部の構造が大きく変わって、通路や部屋が無くなってしまったようである。
まぁ、先ほどの部屋でユキたちを倒していたら、新しい階段が現れて、この部屋に通じていた可能性も否定は出来ないのだが。
いずれにしても、何も考えずにただ穴を掘っているだけでこの部屋へたどり着いたというのは、まさに幸運だったと言えるだろう。
「それにしても、ユリアの直感って凄いわよね・・・」
ワルツは、地面に突き刺さった剣の周囲に、トラップなどが無いかを探しまわりながら、この部屋にたどり着いた際に思った感想を口にした。
ただでさえ、空間制御魔法によって見かけよりも大きな構造を持つ迷宮。
その内部を適当に掘るだけで、果たして核までまっすぐにやってれる確率はどれ程のものなのか。
恐らく、偶然で片付けられるような数値では無いだろう。
「でも元々は、外に出ようって話でしたよね?本当は核に来るつもりは無かったですし・・・」
「でも、最初は迷ってたじゃない?調査するか、ユキたちを外に出すか・・・。で、外に出ようとして、この部屋にたどり着いたんだから、一石二鳥じゃない?ホント、凄いことだと思うわよ?少なくとも、私じゃ無理ね」
「えっと・・・そ、そうですか?」
妙に持ち上げてくるワルツの言葉に、実は私、凄いんじゃ・・・、といった表情を見せ始めるユリア。
彼女の中で何か火が付いたのか、グッっと手を握りしめて・・・それからどういうわけか、ポッと顔を赤らめて・・・更には顔をニヤけさせた後で、一周して真剣な表情へと戻ってから口を開いた。
「ワルツ様!早く剣を抜いて外に出ましょう!外では、後輩ちゃんやルシアちゃんが待ってくれているはずだし、何より喉が乾きましたからね!」
そんな彼女にワルツは、
「・・・一応、聞いておくけど・・・外に出たい理由はそれだけ?」
と、疑うような視線を向けながら問いかけた。
「えっ・・・そ、それだけですよ?」
「じー・・・」
「・・・それだけです」
「ふーん・・・。・・・じゃぁ、例えばさ?外に出たら『みんなに結婚の報告をしに行くんですー』とか『今日は私のおごりで婚約祝のパーティー開きましょー』なんて思ってないわよね?まぁ、誰と結婚するのかは知らないけど」
「ギクッ・・・」
「でも、ユリアが無いって言うなら大丈夫よね。もしもそんなことがあったなら、フラグが立って、無事に外に出られなくなると思うけど、別にそうじゃないみたいだし」
「・・・ごめんなさい。その通りに考えてました・・・」
・・・というわけで。
この後ワルツは、ユリアから洗いざらい、プライベートなど関係無しに、フラグらしきもの徹底的に吐かせるのであった・・・。
しばらく経って、ユリアの足元に、涙と鼻水で水たまりが出来た頃。
「さてと、じゃぁ、剣を抜くわよ?」
「うぅ・・・は、はひぃ・・・」
一通りユリアをイジメ倒したワルツは、剣のある場所から距離を取った後で、重力制御を使って、剣に上方向の力を加え始めた。
すると、どこかの封印されている剣とは違って、
・・・ズズズズ・・・
と、ゆっくりと抜け始める無骨な剣。
「・・・なーんかさー。拍子抜けじゃない?あまりに簡単すぎるっていうか・・・」
「そうですかね?」
どうやらワルツは、石か何かに刺さった普通の人には抜けない伝説の剣を、持てる全ての技術を使って、思い切り抜く・・・そんなシチュエーションを期待していたらしい。
そんな簡単に抜けてしまった残念な剣(?)に、ワルツが何となく物足りなさを感じていると、
ブゥゥゥゥン・・・↓
という何か動力機関が停止するような音が、辺り一帯から聞こえてきて、壁の色が赤から青へと変わった。
「・・・迷宮ってさ・・・生き物っていうか・・・なんか、機械みたいよね」
「機械・・・?ゴーレムですか?」
「ゴーレムね・・・。そう言われれば、そうかもしれないわね・・・」
ユリアの言葉に言い得て妙ね、などと思うワルツ。
この世界のゴーレムがどのように作られているのか、彼女には分からなかったが、かつて見たことのある物語で、ゴーレムが土や生体部品、それに魔力からできているという話を見たことを思い出して、その話と迷宮の成り立ちに、彼女は妙な類似性を感じ取ったようであった。
その後、剣に魔術的な罠が仕掛けられていないか、ユリアに確認してもらってから、剣の仕組みをじっくりと観察するワルツ。
「んー・・・普通の剣ね」
「でも、普通の剣よりも随分重そうな柄ですね」
「ちょっと重いかもしれないけど、こんなもんじゃない?剣豪とかだと、柄の重さで、剣のバランスを調整するらしいし・・・」
そう言いながらワルツは、バランスを確かめるかのようにして、抜いた剣をブンブンと振り回した。
・・・すると、
ピッ・・・
『えっ?』
なにか最近聞いていない、懐かしい音が聞こえた気のするワルツ。
対して、初めて聞く音に、少しだけ驚いた表情を見せるユリア。
ピッ・・・ピッ・・・
「なんか、その剣から音してません?」
「・・・何で電子音なんてしてるのかしら・・・」
ピッ・・ピッ・・ピッ・・
「・・・ごめんユリア。多分、やらかしたわ」
「え・・・なんの話ですか?」
ピッピッピッピッピッ・・・
「いやー、まさかこの世界にこんなものがあるとは思ってなかったのよ」
「全然分かんないんですけど・・・っていうか、嫌な予感しかしないのは気のせいですか?」
ピピピピピピピ・・・
「・・・流石ユリア、直感が冴えてるわね」ニッコリ
「え?」
ドゴォォォォン!!
・・・そして、ワルツが持っていた剣は、柄の部分から吹き飛んだのである・・・。
ふむ・・・旅の疲れは首と尻尾に来るのじゃ・・・。
そして眠いのじゃ・・・。
今日は寝て、明日からまた頑張ろうと思うのじゃ。
というか、ルシア嬢はそそくさと寝てしまったようじゃしのう。
うむ。
妾も寝るのじゃ。
・・・何やら今日はさっさと寝ないと、血のように赤い衣を纏った老人が、若者を襲う日らしいからのう・・・。
さっき、ワルツの姉の食器みたいな名前の御仁が言っておったのじゃ。
・・・というわけで、おやすみなのじゃ。




