14.17-20 極秘プロジェクト?20
重力制御魔法は、特別な魔法と言うわけではない。そもそも、魔法と言って良いのかどうかすらあやふやな存在である。
というのも、重力制御魔法の基本は、身体から魔力を吹き出すだけ、という単純なものだからだ。魔法とは、魔力が行使者の意思を受けて、物理現象へと昇華したものである。しかし、重力制御魔法は、行使者の意思に関係無く、周囲の重力を打ち消すという特異な効果を持っていた。普通の魔法とは一線を画したよく分からない魔法。それが重力制御魔法なのである。
ゆえに、火魔法や水魔法といった、術者との相性が必須となる魔法とは異なり、誰でも使える可能性の高い魔法でもあった。身体から魔力を吹き出させるというのは、魔法が使える者であれば、誰しもが出来ることだからだ。身体から魔力を出して、それを"料理"する、という行為が魔法であり、重力制御魔法は、その工程を途中で止めるようなもの。料理で例えるなら、身体という名の冷蔵庫から、食材を調理せずに、ひたすら周りに出し続けるようなものなのだ。"料理"のやり方を知らない者でも出来る単純な作業である。
実際、魔法科の学生たちだけでなく、身体強化の魔法しか使えないような騎士科の者たちでも、短時間であれば、重力に抗って宙に浮かぶことが出来たようである。ただ、保有する魔力の量が少ないためか、すぐに魔力切れに陥り、皆、地面に這いつくばる事になっていたようだ。
一方で、魔法科の学生たちは、十分な魔力量があるらしく、ルシアほどとは言わないものの、自由に宙を飛んでいた。彼女たちの表情は、まさに水を得た魚そのもの。例外なく、皆の表情は明るかった。
その様子を見上げながら、ワルツは複雑そうな表情を浮かべる。
「(良いのかしら……これ……)」
大昔、この世界には、重力制御魔法が存在していたらしい。しかしそれは、既に廃れており、古代の魔法とされていた。理由は単純で、重力制御魔法を使えるほど、強大な魔力を持った者がいなかったからだ。しかも、その"古代"に重力制御魔法を使った者が、具体的に誰なのかについても、ワルツには思い当たる節があったようだが、まぁ、それについては置いておこう。
ワルツは思考の一部に蓋をして……。ついでに、重力制御魔法についても深く考えないことにして……。教師としての思考に切り替える。
「誰か怪我をしている人はいない?大丈夫?」
ワルツは、近くにいたルシアに対して問いかけた。
すると、ルシアは首を振るのだが……。その表情はなぜが優れないものだった。
「怪我をしても、擦り傷とかその程度だから、皆で回復魔法を使って治しちゃったけど……」
「……けど?」
「心の傷までは治せないんだよね……」
「えっ」
ルシアはいったい何を言っているのか……。その理由を探るために、ワルツは周囲を見渡した。
宙を見上げれば、魔法科の学生たちに混じって、薬学科の双子の姉妹などもフワリと飛んでいた。そんな者たちの中に、アステリアもマリアンヌも混じっていて、皆、表情は明るい。担任教師であるハイスピアも、とても良い笑顔を浮かべていた。彼女が一番喜んでいるように見えたと言えるかも知れない。皆、決して、心に傷を負っているようには見えなかった。
地上を見れば、まぁ、確かに、満身創痍の者たちが這いつくばっていたが、しかしそれでも、彼らの表情に傷を負っているような色は見えなかった。自分の魔力量が足りないことを悔しがっているだけ……。「次こそは!」と息巻いている者もいるくらいだ。
その他は、ポテンティアが普段通りに、謎の力で宙を舞っているのと、これまた普段通りに、某狐娘がゲッソリしていることくらい。
「んん?誰か心に傷を負ってそうな人、いる?」
「……テレサちゃん」
「……いや、これ、いつもどおりの表情でしょ?」
「まぁ、いつもどおりというか、何というか……」
どうやら、ルシア曰く、心に傷を負っているのは、テレサらしい。
理由は単純で……。鈍感なワルツにも、すぐに察する事が出来たようだ。……というより、計算上、最初から分かっていた事だと言うべきか。
「重くて飛べないのね……」
「うん……」
月の重力は、地上の6分の1。では、一般的な人々の体重の6倍以上重い者がいた場合、どうなるのか……。その具体例はワルツたちの目の前にいて——、
「はぁ……」げっそり
——地面に縫い付けられたかのように飛べなかったテレサは、口から魂でも出てくるのではないかと思えるほどに、重い溜息を吐いていたようだ。
空を飛べずとも、今のリアルの妾は、とても機嫌が良いのじゃ。
ようやく……ようやく思い通りに……ぐふふ……!




