14.16-36 ワルツ先生19
マグネアとしては、たとえ大きな対価を支払おうとも、ワルツに特別教室の講師になってもらいたかった。一方、ミネルバとしては、ワルツなど取るに足らない存在であり、眼中にはなかった。
その温度差は大きく、ミネルバの不遜な態度が、マグネアの逆鱗に触れることになる。
「今すぐに——」
謝りなさい……。そんな言葉がマグネアの口から飛び出すだろうと、ワルツは直感的に予測する。
そしてその後に展開されるだろう親子げんかまで予想したワルツは、巻き込まれるなど堪ったものではないと思ったのか、マグネアとミネルバの衝突が大きくなる前に割り込んだ。
「いやいやいや、ちょっと待って、マグネア。私は別に気にしてないから」
「いえ、しかし……」
「私が特別教室の講師になれば良いのでしょ?まぁ、今も似たようなものだから、それは構わないわ?」
とワルツが口にすると、マグネアの顔から怒気が消える。落ち着きを取り戻したらしい。マグネアが憤った理由は、ミネルバの不遜によって、ワルツが特別教室の講師を断るのではないかという心配したからである。その心配が取り除かれた今、マグネアはひとまず安堵して落ち着いた、というわけだ。だからといって、ミネルバの不遜な態度を許したわけではなかったようだが。
一方、講師の座を得られず、また、生徒として特別教室に関与できなかったミネルバとしては、非常に機嫌が悪かったようである。良い案が思い付かないせいか、眉を顰めて親指の爪を噛むばかり……。
そしてついには——、
「ふん!」
——と不機嫌そうに鼻を鳴らして、学院長室から出て行ってしまった。良い案が思い付かない以上、時間の無駄だと思ったのか、それと単に居たたまれなくなったのかは、本人にしか分からない。
そんなミネルバの後ろ姿を見送りながら、ワルツは思う。
「(ルシアたち……ミネルバのことが気に食わないからと言って、彼女の事を攻撃しないわよね……?)」
ルシアの心配——ではなく、学院長室から出ていったミネルバの安否をワルツが慮っていると——、
「申し訳ございません」
——ミネルバがワルツに向かって頭を下げてくる。
「ん?なんか謝られる事なんてあったかしら?」
「あの娘を育てたのは私。あの娘の態度が悪いのは、私の責任です」
「態度ねぇ……(あれは態度っていうか、自分の思い通りにならないことで癇癪を起こしている子どもみたいな反応だったわ)」
態度が悪いというわけではない。ワルツはそう考えていた。もしも本当に態度が悪いというのなら、言葉遣い、振る舞い、格好など様々な点において、態度が悪そうに見えるはずだが、ミネルバの場合はそういうわけではなく……。少なくとも、学院長室に入ってきた時点では、真っ当な教師のように見えていた。
ゆえに、ミネルバは態度が悪いのではなく、何か気に入らない事があって、ワルツに対して不遜な態度を見せたのである。理由は明白。特別教室に干渉できないことが原因だった。
ワルツはミネルバに投げかけたものと同じ質問を、マグネアにも投げかける。
「ねぇ、マグネア。彼女はどうして、特別教室に干渉しようとしているの?」
対するマグネアは、肩を竦めた。そして再び窓の外へと顔を向け、事情を話し始める。
「彼女は魔法の研究者です。様々な魔法がある中で、彼女が特に興味を持っているものは、蘇生魔法」
「ふふーん!蘇生魔法なんてあるの?!」
「いえ、ありません」
「えっ……」
「無いからこそ、彼女は見つけようとしているのです。……自分の夫を生き返らせるために」
マグネアの説明を聞いていたワルツは、思わず言葉を失った。想像していたよりも、重い問題が藪の中から現れたからだ。




