14.16-35 ワルツ先生18
ワルツが経験豊富な(?)人物だと認めたからといって、ミネルバとしては特別教室の講師を諦める訳にはいかなかった。彼女には目的があって、特別教室の講師になりたかったからだ。
いや、正確に表現するなら、彼女の目的は特別教室の講師になることではない。講師になる事は目的を達成するために考えた大きなプランの一部。単なる手段に過ぎないのだ。
ゆえにミネルバは考え直す。現状、ワルツという知識の化け物を差し置いて講師になることは困難。そしてなにより、特別教室の講師になる事は、理想的ではあるが必須ではないのである。
考え込んだミネルバは、目的に近付くためのプランを練り直して、こんなことを言い出した。
「では、私も学生として特別教室に所属することにします」
「え゛っ」
「そ……それはなりません」
マグネアが、どこか言いにくそうに、ミネルバの発言を拒否する。マグネア自身、特別教室の学生として紛れ込んでいることが理由だからだろう。マグネアが学生として紛れ込んでいるというのに、ミネルバの願いを否定するなど、マグネアの横暴でしかないのだ。そこを突かれてしまえば、マグネアとしては、ミネルバに特別教室の学生となる口実を与えてしまうことになるはずである。
それでもマグネアが、ミネルバの発言を否定したのは、自分が特別教室の学生に紛れていることをバレていないと考えていたからだ。学生に扮していることがバレているのは、現状、ワルツだけ。他の者たちにはバレておらず、テレサなどは、未だに友人として接している状態なのだ。
つまり、ミネルバに現状がバレるとすれば、ワルツがミネルバに密告するくらいもの。しかし、これまでワルツとミネルバの間に接点が無いことを知っていたマグネアは、バレていない確率の方が圧倒的に高いと判断したのだ。
そんな背景があって、この瞬間、マグネアは、背中に嫌な汗を感じていたようだが、ミネルバから痛烈な指摘——母は既に学生に扮しているではないか、という指摘は飛んでこなかったようだ。
「くっ!」
ミネルバは親指の爪を噛んだ。いよいよ、特別教室に干渉するまともな選択肢が思い付かなくなってきたらしい。
そんなミネルバの反応に、マグネアが内心安堵している間、ワルツはワルツで、悩んでいたようである。
「(この人、なんで、特別教室に関わろうとしているのかしら?)」
ミネルバがなぜ学院長のマグネアに掛け合ってまで、特別教室に干渉しようとしているのか、ワルツには分からなかったのだ。
ただ、直感的に、何となくは察していたようである。
「(あの異様な気配を私に向けることはないのよね……)」
ミネルバが向ける異様な気配。それは物理的に観測できるものではなく、また魔力的な効果があるものでもない気配。強いて言えば、片足をマッドサイエンティストの領域に踏み入れてしまったカタリナ辺りが、実験動物に向ける気配にそっくりだった。
そしてその気配が向けられていた先は、まさかのルシア。ワルツにも、テレサにも、ポテンティアにも向けられておらず……。ミネルバはただひたすらに、ルシアにのみ興味があるようだった。
「(やっぱり、目的はルシアよね……。なんか、ルシアのことを見るときだけ、目が血走っているもの。カタリナも似たようなところがあるけれど、彼女とはちょっと違うって言うか……怖いって言うか……。絶対、近付かせたらダメなやつよね……)」
そんな考えに至ったワルツは、藪蛇になるかも知れないと思いつつも、ミネルバに向かって問いかけた。
「ところで……なぜ貴女は、特別教室に干渉しようとしているのかしら?」
何となく理由を察しながらワルツは問いかけたものの……。彼女に対するミネルバの反応は——、
「ふん!」
——という冷たいものだった。ワルツの事など眼中にない、といった様子である。
対するワルツとしても、自分に干渉してこないのなら、ミネルバのことなどどうでも良かったようである。何か相談があるなら聞いても良いと思っていたようだが、本人にその気が無いのであれば、相談に乗る必要は無い、とも考えていたのだ。
「あぁ、そう。相談に乗っても良いと思っていたけれど、必要無いって言うなら、それでも構わないわ」
ツンとした反応を見せるミネルバを前に、ワルツが肩を竦めた——そんな時だ。
パンッ!
ミネルバの顔の前で、小さな魔法の爆発が生じる。そのせいでミネルバは驚き、思わず後ずさった。ワルツも内心驚いたが、その魔法を使った相手を知っていたためか、彼女の表情に驚きはない。
一体誰が魔法を使ったのか。
「ミネルバ!何ですか!その口に聞き方はっ!」
ミネルバとワルツのやり取りを聞いていたマグネアだった。




