14.16-33 ワルツ先生16
コンコンコン……
学院長室の扉がノックされた瞬間——の、ほんの少し前から。ワルツはハラハラしていた。彼女の直感が、警鈴を鳴らしていたのだ。
「(あ、なんかヤバい人が来たっぽいわね……。ルシアたちは幻影魔法で姿を隠しているから問題無いと思うけれど……問題は私よね……。あぁ、帰りたい……。っていうか、帰ったらダメ?)」
誰が来たのかワルツにはハッキリと分からなかったものの、扉の向こうにいる人物からは、異様な気配のようなものが漏れ出ていて、ワルツは思わず眉を顰めてしまう。
一方、部屋の主であるマグネアもまた、今の時間に来る人物が誰なのかを知っていたためか、頭を抱えていたようだ。彼女は溜息交じりに、ポツリと呟く。
「また、あの娘ね……」
「あの娘?」
「……入りなさい」
ワルツが事情を聞く前に、マグネアが扉の向こう側にいる人物に向かって返答する。
その結果、ガチャリ、と扉を開けて入ってきた人物は、マグネアとどこか似ていながらも、彼女とは対照的に背の高い女性だった。
「(あぁ、やっぱり……。たしかミレニアのお母さんだったっけ?)」
部屋に入ってきた人物——ミネルバを見たワルツは、自己完結的に納得した。彼女とは何度か面識があって、そのたびに、似たような気配を感じていたからだ。ただ、その妙な気配の理由までは分からず……。ワルツはとにかく、注意すべき人物として、ミネルバをマークする。
対するミネルバは、部屋の中にいたワルツの事を一瞥した。そう、一瞥だ。彼女はすぐに興味を失ったかのように、マグネアに対して視線を向けた。
「……学院長。例の件、検討されておりますか?」
例の件——。その言葉を聞いたワルツは、表情に出すことなく、内心で首を傾げる。何の事を言っているのか、ワルツには分からなかったからだ。
対するマグネアは、再び深く溜息を吐くと、ミネルバに対してこう言った。
「……以前にも言ったとおり、その件は今のところ検討するつもりはありません」
事情の知らないワルツの頭の上で、親子の会話が通過していく。しかし、その内容は親子の会話と言えるほどやわらかいものではなく、ワルツにとっては居たたまれなくなるような刺々しい雰囲気を放っていた。
何か自分たちにとって、拙いやり取りをしているのではないか……。そんな気配を感じながら、ワルツが戦術的撤退(?)の策を模索していると、ミネルバが一歩、会話の内容を踏み込む。
「いえ、諦めませんよ。学院長。是が非でも特別教室の講師に任命してください」
「(え゛っ)」
この時、ワルツは、驚きを口に出さなかった自分の事を褒めた。特別教室の講師になりたいというミネルバに対して、マグネアが反対していることを、ワルツはこの時初めて知ったのだ。
「(やりたいなら勝手にやれば——)」
そんなことを考えたワルツは、妙な感覚に囚われる。素直に、"勝手にやれば良い"とは思えなかったのだ。前述の通り、ワルツは、ミネルバから、異様な気配のようなものを感じ取っていたのである。このまま彼女が特別教室の講師になると、何か拙いことになる気がする……。そんな出所不明の直感が、ワルツの頭の中で湧き上がっていた。
「(もしも特別教室の講師に任命するのだとしても、もう少しひとなりを見てから判断したいところね……)」
そんな事を考えながら、ワルツがマグネアに顔を向けると、その先でマグネアと視線が交錯する。どうやら、マグネアも助けを求めているらしい。
現状、マグネアは、ワルツに対して特別教室の講師にならないかと打診しているのである。一方で、自分の娘には、特別教室の講師になる事を反対しているのだ。いったい何がどうなっているのか……。マグネアから視線で助けを求められたワルツとしては、対処のために事情を知りたかったようだが、どうやらそう悠長に考えてはいられないようだ。
マグネアがワルツの考えなどお構いなしに、切り込んだのだ。
「特別教室の講師には、ワルツさんを招こうと考えています」
「えっ」
「(え゛っ)」
その瞬間、ミネルバの冷たい視線が、ワルツの方へと向けられた。




