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14.16-32 ワルツ先生15

「あっ!あの人……あれ?誰だっけ?」

「先生の誰か、じゃろうな」

「んー、でも、誰かに似ていませんか?」

「ミレニアさんを大きくさせたような……」

『彼女、ミレニアさんのお母さんですから』


「「「「えっ?」」」」


 ポテンティアの言葉に、皆が一斉に驚く。ミレニアに母親がいることは分かっていても、彼女と邂逅するのは初めてだったからだ。


 これまでは、ミレニアの母親——ミネルバから嫌な気配を感じ取ったワルツが、彼女の事を避けるように行動してきたので、ルシアたちはミネルバに直接会ったことがなかった。そのせいで、彼女たちの邂逅は今日が初めて。ただし、学院のどこにでもいるポテンティアは、たまにミネルバとすれ違っていたようである。


 そんな邂逅は、一方方向の出会いだったと言えた。なぜなら、今、ルシアたちは、テレサの幻影魔法により完璧に隠蔽されているのである。見た目は透明。会話の内容も聞こえず、また、魔力も外に漏れていないはずだからだ。


 ゆえに、ミネルバは、学院長室の前にいたルシアたちの事を素通りしようとした。いや、実際、素通りした。


 ただ、どういうわけか——、


「……?」ぴたっ


——何も無いところで立ち止まり、不意に後ろを振り向く。


 そんな彼女の反応を見たテレサが、感嘆の声を上げた。


「ほぉ?妾の幻影魔法を見抜くとな?」


 そう口にするが、彼女の声はミネルバには届かない。届くのはルシアたち身内に対してだけだ。


「喋ってる声とか、聞こえてるんじゃないの?」


「いんや。聞こえておらぬのじゃ。もしも聞こえておったなら、今頃話しかけてきておるはずなのじゃ。その証拠に、微妙に妾たちには視線が合っておらぬし……」


 そう口にした後で、テレサはふと気付く。


「あっ……そういえば、一つだけ幻影魔法で誤魔化し忘れておったことがあったのじゃ」


 と言ってルシアに向かって視線を向けるテレサ。


 そして彼女は、とても良い笑みを浮かべながら、ルシアに対してこう言った。


「匂いなのじゃ」


「あ゛あ゛?」びきびき


「いや、体臭じゃなくて寿司の方の?」


 ルシアの食料袋(ポシェット)からは、気にしなければ分からないほどのツーンとした匂いが漏れていた。彼女が持ち歩いている冷凍稲荷寿司から漏れ出た酢の匂いだ。


 たとえ臭いと言われても、ルシアには稲荷寿司を持ち運ばないという選択肢は無かったようである。持ち運ばないなど、彼女のアイデンティティー(?)が許さないからだ。


 ゆえに彼女はテレサの指摘を受け、ハッとした表情を浮かべながら、ポシェットの隙間を手で塞ぐ。ついでに自身から稲荷寿司の匂いがしているのではないかと心配したのか、彼女は服の匂いなどを嗅ぎ始めた。


 一方、ミネルバは、感じた匂いが気のせいだと思ったのか、そのままその場から立ち去っていったようである。彼女の行き先は学院長室の中。彼女は学院長の扉をノックして、そのまま中へと姿を消した。


 そんなミネルバの姿を見送った後、ルシアは酷く怪訝そうな表情を浮かべながら、鼻の効くアステリアに対して問いかけた。


「ねぇ、アーちゃん。私……もしかして臭い?」


 対するアステリアは、嫌な汗を背中に感じながら、どう返答すべきかを悩んでしまう。人よりも嗅覚の鋭い彼女には、ルシアの問いかけを否定できなかったからだ。


 かと言って、本当の事を口にすれば最悪の事態になるかも知れない……。ゆえに、悩み抜いた彼女はこう答えた。


「……えっと、私の鼻って、ものすごく良いので、皆さんの匂いを嗅ぎ取れますから、臭いとか臭くないとかと言うのは分からないです。強いて言えば、テレサ様から、すごく変な臭いを感じ取ってるくらいです」


「んなっ?!」


「だよねー。それ分かるー」


 アステリアは窮地を乗り切った。テレサを犠牲にすることで、だ。


「テレサちゃんさぁ……やっぱり、油臭いと思うよ。機械油」


「機械油……むぅ……」


 機械いじりがライフワークのような自身から、機械いじりを奪えば、残るものは狐だけではないか……。テレサはそんな事を考えながら、これらもルシアに臭い臭いと言われる人生を憂いだとか、そうではなかったとか……。


 なお——、


「ふふん……」


——臭いを操る魔女(マリアンヌ)は、この時、とても満足げな表情を見せていたのだが、その様子に気付いた者は誰もいなかったようだ。


機械油の臭いを本気でどうにかしたいと思う今日この頃なのじゃ。

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