6中-10 雨の町並み-後編2
転移魔法陣を使って、デフテリー・ビクセンの第3王城へと転移したワルツ達。
その先では、朝、彼女たちが来賓室を抜けだした時と変わらない光景が広がっていた。
・・・ただ、そこに人の姿は無く、薄暗い廊下がただ静かに広がっているだけの、文字通り『迷宮』と言って過言ではない雰囲気が漂っていたのである。
そんな空間の中で、開口一番に、ワルツが口にした言葉は、
「迷宮って、食べれるのかしら・・・」
・・・という、場に似つかわしくない一言であった。
「食べると、多分、お腹壊すと思いますよ?それに、なんか硬そうですし・・・」
石畳でできた床の硬さを確認しながら、ユリアが真面目に返答する。
「いや、流石にこんな石は誰も食べないでしょ・・・」
と、言いつつ、前にミッドエデンの王都の教会であった出来事を思い出さなくもないワルツ。
そう、このまま機能をブースト状態で起動させ続けると、近いうちに何かを食べないかぎり、ガス欠に陥ってしまうのである。
「ですよねー。・・・でもここって、本当に外で動いている迷宮のお腹の中なんでしょうか?いや、間違いないんでしょうけど」
「どうなのかしらね?動いているはずなのに、振動もないしね・・・」
一瞬、外で暴れている迷宮が、実はプロティー・ビクセンの方じゃないかと思ったワルツだったが、すぐにその考えを否定した。
ここがボレアス政府中枢だというのに職員が誰も居ないというのは、明らかにおかしい事態だったからだ。
一方、ユリアの方は、最初からここが暴れている迷宮の体内であると確信を持っていたらしい。
彼女にとっては何度も来ている場所なので、やはりワルツよりも、敏感にその違いを感じ取っているのかもしれない。
そんな人の居ない廊下を歩きながら、件の非常食について、2人は話し続ける。
「なんか、外から見ると柔らかそうでしたよね。あれなら、どうにか食べれそうですけど・・・」
と言いつつ、例え食卓に出されたとしても、食べる気のしないユリア。
迷宮が何を食べて成長しているかを考えるなら、当然であると言えるだろう。
「そうよね・・・意外に壁の石を外したら、柔らかい部分が直接見えたりしてね・・・」
そう言ってから、ワルツは壁に手を当てて、重力制御で石塊を1つ抜いてみた。
カポッ
ウニョウニョウニョ・・・
カポッ・・・
「・・・うん、とりあえず、来賓室に行って、ビーフジャーキーを取ってから、ユキたちを探しに行きましょうか」
石を引き抜くと、何か見えた気がしなくもないワルツだったが、気のせいなので、すぐに元に戻した。
そう、気のせいである。
「あの・・・ワルツ様?多分、そんな時間、無いと思うんですけど・・・」
「えっ?何?じゃぁ、私に、アレを喰えと?!」
・・・やはり、気のせいではなかったらしい。
「いえ、そうじゃないです・・・いや、そうなんですけど・・・」
そんな何が言いたいのか分からない態度を見せながら、ユリアは青い顔をしてワルツの後ろを指さした。
「あの・・・後ろ・・・」
「ん?」
そんなユリアの様子に、ワルツが後ろを振り向くと・・・
グンニャリ・・・
・・・長い廊下を構成していた石が、まるで生き物の筋肉で出来ているかのように変形して、脈打っていった。
「・・・全く、アレよね・・・こう、人が来るところじゃないって言うか・・・ファンタジーって言うか・・・」
「あの、ワルツ様?!そんな冷静でいいんですか?!早く逃げなくてもいいんですかぁ?!」
いつ襲われて飲み込まれるのか、とハラハラしながら、ユリアはそんな声を上げた。
だが、対照的に、ワルツの方は至って冷静で・・・
「あのね?ユリア。ここが危険か、安全か、じゃないのよ。安全にすればいいのよ」
そして彼女は、ブーストしない普段の姿のまま、重力制御を壁に展開して、廊下を真四角に整形した。
「ほらね?元通りでしょ?」
「あ・・・はい。流石です、ワルツ様・・・」
自分が誰と一緒に行動していたのかをすっかり忘れていたユリアは、そんな非常識な光景を前に、小さく安堵の溜息を吐くのであった・・・。
さて。
暴れている迷宮について、分かったことがある。
前記の通り、暴れている迷宮はデフテリー・ビクセンである、ということだ。
しかも、ユリアが迷宮の体内に入った時点で、プロティー・ビクセンの避難領域に自動的に強制転移されないところを見ると・・・どうやら、緊急避難用の転移魔法が効果を発揮していないらしい。
つまり、ユキたちやデフテリー・ビクセンの市民たちが、今もなお、この迷宮内にとらわれているかもしれない・・・あるいは、最悪の場合、既に消化されてしまったかもしれない、ということになるだろう。
その上・・・
「あの・・・ワルツ様?・・・非常に申し上げにくいこと・・・なんですが・・・」
ユリアが突然、辛そうな表情を浮かべ始めた。
「えっ・・・ちょっと、大丈夫?」
「あの・・・大丈夫じゃないです・・・」
バタッ・・・
「ユリア!」
なんてことはないただの廊下(?)を、非常食を取りに行くために、来賓室に向かって歩いていると、どういうわけか急にユリアが倒れてしまったのである。
「わ、ワルツ様・・・短い間でしたが・・・貴女様と一緒にいられて・・・幸せでした・・・。エネルギアの・・・部屋にある・・・クローゼットは・・・中身を見ずに・・・廃棄して・・・ください・・・」
「ちょっ・・・何、遺言みたいなこと言ってるのよ!まだ、何も起ってないじゃない・・・!」
特に、何かに襲われた訳でも、長い距離を歩いたわけでもないのに、突如として衰弱を始めたユリアに、アタフタするワルツ。
「ははっ・・・そんな、慌てる・・・ワルツ様の姿・・・可愛いです・・・」
「っ・・・!一旦戻るわ!」
異常な速度で衰弱を始めたユリアに、ワルツは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
この時点でも、外へと繋がる転移魔法陣が使えるかどうかは分からなかったが・・・しかし、この場所に留まっていても、彼女の容態が悪化する一方なので、余計な犠牲者を増やす前に、外へと連れて行く事にしたのである。
そしてワルツが、寝そべっているユリアを重力制御で浮かべ、歩き出そうとした・・・そんな時だった。
「あれ?」
・・・急に、ケロッとした表情を浮かべるユリア。
「・・・?何かあったの?」
「いや、なんかワルツ様に浮かべられた途端、身体が急に楽に・・・」
「・・・なるほどね」
そんなユリアの様子に、ハッとするワルツ。
気付いたことを確認するために、試しに彼女を地面に下ろすと・・・
「かはっ!・・・世界が・・・遠くなって・・・いく・・・」
「あぁ・・・やっぱ、そういうこと・・・」
早速死にそうになっているユリアを前に、ワルツは納得げに頷いた。
・・・要するに、地面か壁に身体が接触していると、生気・・・あるいは魔力を吸い取られてしまうのだろう。
「・・・そう・・・これが、迷宮の食事なのね」
そのまま放っておくと、恐らく全ての生気か魔力を吸い取られて屍と化してしまい、挙句の果てには、身体も分解されて物理的に迷宮の餌となる、ということなのだろう。
「ふーん。ま、私には関係ないことかしら」
そう言いながら、生気も魔力も存在しないワルツは、城の壁を手で軽く、パンパン、と叩いた。
彼女が壁や地面を触れる分には、機動装甲のステータスに全く変化は無いようである。
「・・・あの・・・助け・・・死ぬ・・・」
「あ、ごめんごめん」
そう言って、放置していたことを忘れていたユリアを宙に浮かべるワルツ。
「はぁはぁ・・・一瞬、おばあちゃんの顔が見えましたよ・・・」
「まぁ、生きてたから良いじゃない」
「・・・」
そんな適当すぎるワルツに、ジト目を向けつつも、これが噂に聞く特殊性癖なんですね・・・、と予想するユリア・・・。
全く、ツンデレなんですから・・・、と恍惚な表情をワルツに向けた所で、タイミングよく廊下の壁から飛び出していた燭台に頭をぶつけた挙句、溶けた蝋燭を浴びていたのも・・・やはりそういったプレイの一環なのだろうか・・・。
まぁ、それはさておき。
しかし、迷宮に触れているだけで衰弱してしまうとなると、中で囚われている人々の人命救出を急がなくては、取り返しの付かないことになってしまうだろう。
「拙いわね・・・急ぎましょう!」
「・・・はい。お願いします!」
こうしてワルツ達は、結局、来賓室に置いてきた非常食の回収を諦め、一途、ユキが居るだろう皇帝の間(?)へ向かって足を進めたのである・・・。
山の頂上で妾を待っておったのは、満天の星空じゃった・・・。
でも、どうしてじゃろう・・・。
そんな星々が、歪んで見えておったのは・・・。
ふぅ。
まったく、凍死するかと思ったのじゃ。
運良く、主殿が迎えに来てくれたから良かったものを、あんな真っ暗な山の中をどうやって下山しろというのじゃ。
ルシア嬢、実は、妾の命を狙っているんじゃなかろうか・・・。
まぁ、良いのじゃ。
結局、流れ星は見れたからのう。
・・・もしかして、ルシア嬢・・・いや、何でもないのじゃ。




