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14.16-12 研究所12

 マグネアの視線が真っ直ぐに向けられていたのは、建物ではなく、簡易宇宙船の方だった。それもそのはず。もしも彼女が、ワルツたちの造形物を真似て何かを作ろうとしたとき、全容の見えない建物を真似て作るというのは無理で、今、目の前にある簡易宇宙船を真似て作るという選択肢しかありえなかったからだ。


 そんな彼女が気になっていたのは、なぜ簡易宇宙船(のりもの)を丸くしたのか、という点だった。乗り物とは何かと問うたとき時、馬車や荷車、あるいは船である、と答えが飛んでくるのがこの異世界なのである。そんな中で丸い乗り物が発想として浮かび上がってくること自体がマグネアには理解しがたい事だったのだ。


 ゆえにマグネアは考える。


「……ミッドエデンでは、こういった乗り物が一般的なのですか?」


 そうでないとするなら、ワルツの発想はどこから湧いてくるのか……。研究者としてのマグネアの興味は尽きなかったようだ。


 対するワルツは、マグネアが何を考えているかなど分かるわけもなく……。彼女は頭の中で、ふと考えてしまったようだ。


「(こんなポットみたいなものが、国の中をゴロゴロと転がっているとか、それカオスだわ……)」


 馬車ではなく、簡易宇宙船がゴロゴロと転がりながら、荷物を運ぶ……。中身は洗濯機かミキサーのようになっているのだろうと想像しながら、ワルツは思い出す。


「(そういえば、テンポの機動装甲って、球体だったわね……)」


 ワルツは遠い目をしながら、妹が作った漆黒の機動装甲の姿を思い出した。なお、言うまでもない事だが、ミッドエデンに球状の機動装甲がゴロゴロといるわけではない。


 ワルツはマグネアに対してどう答えるかをしばらく悩んだ後、素直に答えることにしたようだ。


「ミッドエデンでこんな乗り物があるかと言われたら、"無い"わね。少なくとも一般的ではないわ?このポット……簡易宇宙線が球状をしているのは、この形状が一番、衝撃に強いからよ?」


「衝撃に強い?」


「さっきの講義というか説明というか……教室の中で、私が宇宙についてどんな場所なのかを話したとき、空気が無いとか、隕石が凄まじい速度で飛び交っているとか、太陽の光が当たっている面は水が沸騰するよりも熱くなるとか、色々と説明をしたじゃない?」


「……あぁ、あの黒板の模様を見るだけで、頭の中に情報が入ってくる魔法の様な説明ですね」


「そうそう、あのときの説明。そんな感じで、宇宙や月面ってところは、極限の環境と言えるような場所なのよ。だから、乗り物にも可能な限りの強度が必要で、こういう形になった、ってわけ。構造物って、丸い状態のときが、どの方向からの圧力にも強くなるから」


 と、簡易宇宙線の形状について説明するワルツ。対するマグネアが理解出来たかは不明だが、ひとまず追加の質問は飛んでこなかった。


 ゆえに、ワルツは話を戻す。マグネアを再び月に連れてきた理由は、宇宙船の形状を説明するためではないのだから。


「こんな感じで建物をポンポン作っていくから、大体1週間くらいで建物そのものの構築と、灯火と、生命維持装置の設置——あぁ、生命維持装置っていうのは、何かあったときに、空気を供給したり、水を供給したりする装置のことよ?ここは宇宙だから、空気も水も無いしね。そんな装置の設置が終わるのが1週間後ってこと。その後は、ここの空間を使って、自由に研究設備を作ったり、引っ越したりすると良いと思うわ?」


「………」


 マグネアはワルツの説明を静かに聞いていたようである。文字通り、何も言わずに、だ。


 果たして理解しているのか、していないのか……。ワルツが不安を感じてきた頃。ようやくマグネアが口を開いた。


「想像を絶するというのは、このことを言うのでしょうね」


「えっ?」


「分かりました。では、1週間後の準備を進めようと思います。ちなみに、この施設の外……つまり、宇宙に出ることは出来るのですか?」


「出来なくはないけれど、生身じゃ無理ね。だから……選択肢は2つあるわ?私たちで宇宙服を作って提供するのと、学院長先生——」


「マグネアで構いません。ここでは私たちの間に上下関係は無いのですから」


「あぁ、そう……。じゃぁ、言うけど、マグネアの方で宇宙服の開発を進めるか。もちろん、相談には乗るわよ?」


「…………」


 再びマグネアは考え込む。ワルツの技術をそのまま受け入れるというのも良し。ワルツの技術を受け入れた上で、自分たちの力で宇宙服とやらを作るのも良し……。マグネアはその選択肢を天秤に掛けた結果——、


「……共同研究ということにいたしましょう」


——ワルツたちと共に、宇宙服を作る事にしたようである。少なくとも、マグネアの頭の中には、外には出ないという選択肢は無かったようだ。

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