14.16-09 研究所9
時間が経つにつれて、生徒たちは落ち着きを取り戻していく。しかし、その目はキラキラと輝いていて、教壇に立っていたワルツには、かなり眩しく見えていたようだ。
そこで彼女はふと気付く。
「(こういう時は、別に耐えられるのよね……)」
ワルツは、人から視線が集中することを苦手としていたが、特別教室のクラスメイトたちを前に説明する時は、精神的負担をあまり感じていなかったらしい。なぜ耐えられるのか、彼女としては不思議に思えていたようだ。
この時、ルシアも同じことを考えていたらしく、不思議そうな視線をワルツに向けていた。姉が苦手とするシチュエーションと、苦手ではないシチュエーションの違いが、彼女にも分からなかったらしい。なお、理由は単純で、話す相手が知人か、そうではないかの違いだけだったりする。
一方、マグネアは、ワルツが人前で喋ることを苦手にしているなど知る由も無く、まったく別のことを考えていたようだ。学院の責任者たる彼女が知りたかったのは——、
「それで、ワルツさん。分校を作るにあたり、スケジュールについて教えていただけますか?」
——計画を立てるために必要なスケジュール。学院での業務がある以上、月の分校計画だけに人員や時間を割く訳にはいかなかったのだ。
対するワルツは、「スケジュールねぇ……」と口にした後で、トンデモないことを言い始める。
「まぁ、大体、1週間もあれば、主要な設備は出来るんじゃないかしら?」
「……えっ?」
地上に一般的な建物を作るだけでも数ヶ月から数年は掛かるのである。それが1週間で出来るというのは、マグネアにとって理解しがたい事だった。しかも、ワルツの先の講義を聴く限り、月面には空気が無く、まともな活動すらできないはずなのだ。それを1週間で行うというのはどういうことなのか……。
マグネアがポカーンと口を開けたまま驚いていると、ワルツは担任のハイスピアに向かってこう言った。
「ハイスピア先生。ちょっと、学院長に事情を説明してくるので、後の時間はよろしくお願いします」
それを聞いたハイスピアが反応できたかどうかは定かでない。ワルツが呼びかけても、ハイスピアは無表情のままジィッとポテンティアの方を向いて固まっていたからだ。ちなみに、ポテンティアの方は、見つめてくるハイスピアに対してニッコリと笑みを返しているという構図である。
返事は無いが、まぁ、どうにかなるだろう……。ワルツはそう結論づけて、ルシアに目配せした。するとルシアがコクリと首を縦に振ったので——、
「じゃぁ、また月に行きましょうか」
ブゥン……
——ワルツはマグネアとルシアを連れて、再び、月に設置した簡易宇宙船の中へと跳んだのである。
◇
……そのはずだった。
ブゥン……
「「「えっ」」」
「あれ?テレサとアステリアとマリアンヌを連れてきたつもりは無かったのだけれど……」
なぜかポテンティア以外の身内が、月へと転移してくる。ワルツの転移魔法陣の影響ではない。
もしや転移魔法陣の制御を誤ったのではないかとワルツが困惑していると、ルシアが事情の説明を始めた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。アステリアさんとマリアンヌさんを呼んだのは私。私たちが普段どんな事をしているのか、知っておいて欲しかったから……」
「そう……。まぁ、ルシアがそう判断したのならのなら、問題は無いわ?」
「……妾の事は?」
「えっ?もののついで?」
「…………」げっそり
無言でゲッソリフェイスを浮かべ始めたテレサを無視して、ルシアがワルツに対して問いかける。
「お姉ちゃん、設計図を見せてもらえる?」
「えぇ、まずはエリア1がいいわ?」ブゥン
ワルツの転移魔法陣を使ったホログラムによって、宙に3Dのイメージが浮かび上がる。
それは、上から見ると六角の形をした施設の設計図だった。ミッドエデンにある王城代替施設によく似た施設で、サイズも似たような代物だ。施設のそれぞれの面にはハッチのようなものが取り付けられていて、拡張できるようになっているらしい。隣に同じ建物を作ることで、少しずつ拡張していくことを想定した作りになっているのだろう。
「大きさは、ミッドエデンのお城と同じ感じで良いんだよね?」
「そうそう。上の部分はいらなくて、地下3階、地上3階の建物が良いわ?」
「おっけー」
ルシアがそう口にした直後のことだ。
ズドォォォォン!!
と、彼女たちがいた簡易宇宙船が大きく揺れたのである。




