14.16-08 研究所8
砂のような物体に変わり果てたポテンティアを前に、ワルツは悩んだ。思考を高速化させて、それはもう悩んだ。今のポテンティア——もといマイクロマシンの姿は、まるで質の悪い魔法を受けて灰になった屍のような状態なのである。その姿をクラスメイトたちに見られれば、騒ぎになるのは明らかだったのだ。
ちなみに、なぜポテンティアが身体の形を保てなくなったのかというと、他の分体たちから距離が離れすぎ、無線給電の提供が受けられなかったからである。惑星アニアと月との距離を、無線で電力供給するのは、現状不可能。ポテンティアを形作るマイクロマシンたちは機能を停止し、砂のように崩れてしまったというわけだ。
「(すっかり、ポテンティアの電力供給のことを忘れていたわ。月にいるときだけ有線接続……いえ、やっぱり無線給電装置を作るべきね……って、そんなことはどうでも良くて、問題は、ポテンティアが見るからにヤバそうな見た目で崩れ落ちちゃった事をどうやって誤魔化すかよね……)」
今のところ、生徒たちは、皆、外の景色に目を向けており、ポテンティアの変化には気付いている者は、身内くらいのものだった。それ以外で、唯一気付いていたのは、担任教師のハイスピアくらいのものだ。転移した当初、その場所でユラユラと揺れながら笑顔を浮かべていたハイスピアは、ポテンティアが崩れ落ちた瞬間を見た後、身体をガクガクと揺らしていたようである。それでも顔から笑みが消えなかったのは、やはり現実逃避をしていたためか。ただし、その目からは輝きが失われていたようだが。
そんな担任教師に対して、ワルツは、ニコォ、っと笑みを返してから、制服の上着をポテンティアだったものの上に掛けて……。そして再び転移魔法陣を起動した。
すると周囲の景色がガラリと変わる。数分前までいた特別教室の中に戻ってきたのだ。生徒たちは皆、窓に張り付いていたときの体勢のまま、教室の椅子に座らされているといった様子である。ワルツが一人づつ位置を微調整して、怪我人が出ないよう気を配ったらしい。
「うひょっ?!」
「おわっ!?」
「もももも、戻ってきた?!」
突然変わった景色を見て、クラスメイトたちが声を上げた。椅子から転げ落ちそうになる者までいたようだ。驚いた拍子に立ち上がって、机に膝をぶつけてしまうのは、まぁ、仕方のない事だと言えるだろう。
クラスメイトたちが大きなリアクションを見せている最中、窓際に近い机の下から、ポテンティアが生えてくる。そう、地面から生えるように、ポテンティアが現れたのだ。混乱の最中の出来事だったので、生徒たちに気付いた者はいない。
気付いていたのは、身内と、やはりハイスピアくらいのものだった。彼女はマジックのように現れたポテンティアを見て、身体の振動を止めていたようである。それも、ピタリと、だ。そんな彼女の顔からは表情すら消え去っていたようだが、普段から不可解な反応を見せる彼女の様子を見て気を留める者はいなかったようである。
『おや、お帰りなさいませ。随分と早かったようですね?』
「ごめんごめん。ポテンティアのことをすっかり忘れていたわ。今度、ポットに無線給電装置を取り付けておくわね」
という内輪にしか通じない会話をポテンティアと交わした後で、教壇に立っていたワルツは、生徒たちに対して言った。
「そんなわけで、さっきいたあの場所が月よ?木も川も海も町も何も無い砂漠のような場所。空気も殆ど無いから、外に出たら死ぬのは間違いないわね。そんな場所に研究所を建てようとしている、ってわけなのよ」
と、事実を説明してから、ワルツは問いかけた。
「面白くも何でもない場所だけれど、それでも一緒に研究所……まぁ、マグネアの言葉を借りるなら、この学院の月分校ってことになるのかしら?その立ち上げを一緒に手伝ってくれる?」
ワルツの問いかけに対し、クラスメイトたちからすぐに返答が戻ってくることはない。
興奮冷めやらぬ者。混乱する者。そして——、
「…………」
——ミレニアのように、冷静に考え込む者などなど……。皆、ワルツに対する返答の準備が出来ていない様子だった。
ゆえに、ワルツは回答期限を先延ばしにする事にしたようだ。
「まぁ、今ここですぐに聞くって言うのは難しいと思うから——」
明日までに決めておいて欲しい……。そう口にしようとした時の事だ。
「ワルツさん」
考え込んでいたミレニアが口を開く。
「私、参加してみたい」
そんな率直なミレニアの言葉に、ジャックが続いた。
「分校を作るって言ったって、やることは、この学院にいてやることと一緒なんだろ?学院と自由に行き来できるなら、拒否する理由は無いな!」
薬学科の双子も続く。
「めっちゃ面白そうな場所だった!」
「何か薬の材料になるものがありそうだったよね!」
その後も、クラスメイトたちの賛同の声が続き……。
「拒否者はゼロ……か。尻込みする人が出ると思ってたんだけどね……」
結局、クラスメイトたちは全員が参加することになったようだ。
なお——、
「わ、私は——」
「あー、ハイスピア先生」
「が、学院長?なんですk——」
「先生は私の推薦で強制参加です」
「 」
——ハイスピアも、引き続き、特別教室の担当教師として参加することになったようである、




