14.16-07 研究所7
そして、その質問が飛んでくる。
「でも、どうやって月に行くんですか?転移魔法で行くには遠すぎると思いますし、空を飛んでいくというのも無理だと思うのですが……」
ミレニアが口にしたその質問は、クラスメイトたちが共通して抱えていた疑問であり、そして、ワルツが想定していた質問でもあった。……月に行って研究所を建てる。しかし、その月は、陸続きではなく、遙か空の彼方にあるのだという。ではどうやって行くというのか……。ワルツの説明は、不可能としか思えないことばかりで、何一つとして"可能"だと思える事が無かったのである。
では、どうやって実現しようとしているのか……。問いかけたミレニアに対し、ワルツはニヤッと笑みを返して、指をパチン、と鳴らした。
その瞬間だ。教室の中にいた者たちのことを浮遊感が襲う。とはいえ、落下時に感じるような無重力感とは別で、重力が弱まったような、中途半端な浮遊感だった。
「「「きゃっ?!」」」
「「「んなっ?!」」」
「にゃっ?!」
クラスメイトたちから一斉に悲鳴が上がった。突然の出来事だったために、反応が出来なかったらしい。
彼らが混乱した理由はもう一つある。周囲の空間が、ほんの一瞬で、見慣れた教室ではなくなっていたのだ。
暗く大きな球体の中。壁にはたくさんの窓のようなものが設置されていて、窓の外からは、太陽の光よりも眩い光が、真っ直ぐに差し込んでいる……。そんな部屋の中だった。
その光景の中で驚いていたのは生徒たちだけではない。担任であるハイスピアは——まぁ、彼女の事は置いておこう。学院長であるマグネアも、驚きのあまり、目を丸くしていた。
彼女はワルツに状況を問いかけるよりも先に、窓の方へと駆け寄った。そして、その向こう側にあった"青い球体"を見て、ポツリと声を零した。
「あれが……私たちの星……」
真っ黒な空間の中に浮かぶ、眩い太陽と青い星。そしてどこまでも続いていそうな白い平原……。そんな光景を見たマグネアは、今、自分たちがどこにいるのか、すぐに理解した。
「ここが月なのですね……」
「えぇ、そうよ?特別教室とここに転移魔法陣を繋いだから、好きなときに一瞬で行き来できるわ?」
「すばらしい……」
ワルツは校則で禁止されている学院内での魔法の使用に加え、特別教室の学生たちや教師を危険にさらしたと言えるのだが、マグネアは気にしていないらしい。どうやら、彼女の頭の中身は、すっかり研究者モードになっており、自身が学院の責任者である事をすっかり失念していたらしい。
一方、クラスメイトたちも、これまでワルツたちの非常識な行動を間近で体験してきたためか、それほど長い時間、混乱し続けることは無かった。皆、マグネアのように、窓に張り付き始める。
「うわぁ……何だここ!太陽が滅茶苦茶眩しいのに、星が見えるぞ!」
「うぉっ?!ジャンプしたら、いつもの倍くらい跳ねられる……っていうか、天井まで来ちまったぜ!おもしれぇ!」
「ちょっと、男子!怪我するからやめなさ——うわ……空がキレイ……」
皆、月の景色に大興奮、といった様子で、月にやってきてからたったの数分で慣れてしまったようである。
一方で慣れていなかったのは——、
「えへへへ」ゆらゆら
——担任教師のハイスピアである。今の彼女は"現実逃避モード"で、ただ一人、転移で移動したその場から動かず、立ち尽くしている様子である。エルフは故郷から離れすぎると、体調を壊すという噂があるが、それを真に受けるなら、今の彼女はかつて無いほどに体調が悪くなっているのかもしれない。まぁ、ただ単に、現実が受け入れられないだけかも知れないが。
そしてもう一人。特筆しておかしなことになっている人物がいた。ルシアでもテレサでも無い。彼女たちの場合は、前にも宇宙に来たことがあるので、ワルツのサプライズな行動に巻き込まれても、いまさら驚くようなことはないからだ。アステリアとマリアンヌは、クラスメイトたちと同じように、外の景色を見て燥いでいたものの、特筆するような反応は見せていなかった。むしろ、落ち着いていたとさえ言えた。
では、誰がおかしなことになっていたのか、というと——、
「あれ?ポテちゃんは?」
「……そこの黒い砂みたいなやつではなかろうか?」
——そんなテレサの言葉通り、ポテンティアの姿が黒い砂の固まりのような姿に変わってしまっていたのである。
ポテ『ただの屍です』
ルシア「屍はモノを言わないと思うけど……」
テレサ「そもそも最初から生きておらぬじゃろ……」




