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6中-09 雨の町並み-後編1

ドゴォォォォン!!


・・・そんな轟音と同時に開いた大きな穴の中へと、生体反応が消えていった。


・・・・・・ォォォン!!!!


・・・その咆哮と共に全長1km近い巨大生物が現れたために、建物が崩れ、無数の人々が押しつぶされてしまった。


そして、巨大生物が一歩、また一歩と歩く度に、街から消えていく人、人、人・・・。


そんな絶望的な光景を前にして、最初に我を取り戻したのは・・・やはり、ワルツであった。


「っ・・・!」


彼女は瞬時にして黒い姿になった後、重力制御システムを躊躇(ためら)うことなくブースト状態にして、一気に巨大生物を持ち上げようとした。

・・・だが、


「あ、上がらない・・・?!」


視界に浮かぶコンソールに表示されていた重力制御システムのステータスは、確かにブースト状態で起動していることを示しているのに、巨大生物が浮く気配は一向に無かったのである。

すると今度は、


「・・・なら、私が!」


ワルツの次に我に返ったルシアが、そんな声を上げながら、腕を前に向かって(かざ)した。

・・・しかし、


「ダメよ!このまま傷つけるのは、多分拙いわ・・・」


険しい表情を浮かべたワルツが、彼女を制止させる。


「どうしてっ!?」


「・・・ルシア。アレが何なのか分からないの?」


「何って・・・まさか・・・!」


姉の言葉で、初めて目の前の巨大生物が、プロティー・ビクセンか、あるいはデフテリー・ビクセンのどちらかの迷宮であることに気づいた様子のルシア。


「じゃぁ、あの中にユキちゃん達が?!」


「・・・アレがどっちの『迷宮』なのかは分からないわ。でもここで下手を打つと、ユキたちを巻き込んでしまうかも、っていうのは否定出来ないわね。・・・いずれにしても、今、何も考えも無しに攻撃したら、あの迷宮に飲み込まれている人々を犠牲にしてしまうのは、確実だと思うわ」


暴れだした迷宮の内部では、ユキC(軍務相)の話通りなら、迷宮による人々の吸収(捕食)が行われているはずである。

・・・それはまだ始まっていないのか、あるいは現在進行形で進んでいるのか、それとも既に・・・。


『っ・・・!』


そんなワルツの言葉に、ようやく我に返ったユリアもシルビアも、目の前に繰り広げられている惨事だけでなく、迷宮の中で起こっているかもしれない地獄を想像して、顔を(しか)めた。


(どうすれば・・・)


・・・被害を最小限に食い止めることが出来るのか。


外で暴れている迷宮を足止めして、街への被害を抑えることは、ワルツやルシアが全力を出せば、重力制御が効かなかったとはいえ、恐らく不可能なことではない。

それが問題では無いとするなら・・・この場合、迷宮の中がどうなっているのか、そして中にいる人々が救出可能かどうかを確認することが、現状での最大の優先事項だと言えるだろう。

そう、これ以上被害を広げないようにするためにも、大まかな被害の実態を把握することが必要なのである。


「ねぇ、ユリア?どうにかユキと連絡を取る方法はないの?」


余程、自分たちよりも、この街や迷宮について詳しいだろうユキたちと連絡を取って、被害状況の確認を進めるべきだと考えたワルツ。

もちろん、それは、ユキたちのことを贔屓するつもりで言ったわけではない。


そもそも、ここにいる4人だけで、幾つもの空間が存在するビクセンの被害状況を確認することなど、不可能なのである。

ユキたちがいなくては、実際の足となって動いてくれるだろう兵士達を動かすことも、(まま)ならないのだ。


「れ、連絡ですか・・・」


ワルツに問いかけられたユリアは、難しい表情を浮かべて、何かを考える素振りを見せた後、苦々しい表情を浮かべながら再び口を開く。


「・・・諜報部隊でも伝令係ではなかったので、こうした緊急時の連絡手段については分かりません。・・・やはり、直接行くしか方法は・・・」


そう言って彼女は、テラスからは直接見ることの出来ない、玄関ホールがあるだろう方向へと視線を向けた。


「そう・・・。なら、ルシア?あの迷宮の足止めは出来そう?」


「えっと・・・うん、やってみる。お姉ちゃんは?」


「・・・直接乗り込むわ」


「・・・?!」


ユキCの『中にいた人が飲み込まれた』と言う言葉を覚えていたルシアは、そんな姉の発言に、どうにもならない不安を感じた。


「だ、大丈夫なの?!」


「まぁ、その点についてだけは間違いなく大丈夫だと思うわ」


生物の一般的な消化手段では、絶対に消化不可能だろう自分の身体の事を考えながら、苦笑を浮かべるワルツ。

だがすぐに元の表情に戻ると、重要な忠告をルシアに言った。


「・・・ルシアの方こそ、十分に注意して?多分、あの迷宮、空間制御魔法を使って、実際の位置と見えている位置をずらしていると思うから」


「ずらす?」


「・・・まぁ、変身魔法の一つと考えてもいいわ。自分の位置を隠して、代わりに身代わりを出す、って感じね」


「えっと・・・うん。分かった。注意してやってみる!」


すると、魔力の開放の準備を始めるルシア。


そんな彼女の様子を見ながら、ワルツは、ふと昨日のことを思い出した。


(あの、黒いローブの男が関係してる可能性も否定は出来ないわね・・・)


目の前の迷宮と同じように空間制御魔法が掛かっていたためか、自分の手が届かなかった誘拐犯(カペラ)のことを思い出したのである。

ただ、迷宮全体を覆い隠してしまうような規模の空間制御魔法の行使が、果たして普通の人間に可能なのかどうか・・・彼女には判断がつかなかった。


故に、結論の出ない余計な思考を中断し、今もなお、目の前で繰り広げられている惨事への対応へと戻ることにする。


「シルビアは街に残ってる人々の避難をお願い。空からでしか分からないこともあると思うから」


「はいっ!」


「ユリアは・・・」


「一緒に行きます!」


ワルツが聞く前から、間髪入れずに答えるユリア。


「・・・そう言うと思ってたわ。っていうか、あの迷宮の中の様子が全く分かんないから、道案内をお願い」


「分かりました!」


「・・・でも、怪我したりしても・・・恨まないでよ?」


ワルツは、死んでも、という言葉を使わなかった。


「今更ですよ。行きましょうワルツ様!シリウス様が待っています!」


そしてユリアは、ワルツの手を掴むと、玄関ホールへと続く議長室の扉に向かって歩き出したのである。




「・・・準備は良いかしら?」


そして、玄関ホールへとやってきたワルツは、転移魔法陣を前にして、ユリアに念のための確認を取る。


これが単に、どこかへ移動するだけの転移なら、恐らくワルツもユリアも、そそくさと魔法陣に乗って、移動してしまうことだろう。

だが今回の行き先は、迷宮の腹の中である可能性が非常に高いのだ。

絶対に消化されないという確信が持てるワルツにとっては、大した問題ではなかったが・・・ユリアにとっては、常に死と隣り合わせになってしまうかもしれない危険な場所なのである。


・・・そう、単なる宝物を取りに行くための迷宮とは違うのだから。


「・・・はい」


ワルツの問いかけに、重々しく(うなず)くユリア。

やはり、彼女にとっても、これが表の世界を見る最後のチャンスかもしれない・・・そんな思いがあるのかもしれない。


ユリアの覚悟を確認した後で、2人は最後の1歩を踏み出す。


「・・・」

「・・・」


いよいよその時を迎えて、無言になる2人・・・。

そんな静寂が支配する空間に、時折、低い爆発音が聞こえてくるのは・・・恐らく、ルシアが迷宮と戦っているからなのだろう・・・。


そして転移魔法陣に魔力が通い始め、発光を始めた頃・・・徐ろにワルツが口を開いた。


「・・・あ、来賓室にビーフジャーキー(非常食)忘れてきた」


「え?」


ブンッ・・・


・・・こうしてワルツとユリアの2人は、地獄が展開されているかもしれない迷宮の体内へと、飛び込んだいったのである・・・。

ブンッ・・・


そんな音がした後、私のことを追いかけてきたテレサちゃんは、(ぬし)さんの車の前で姿を消しました。

私の転移魔法です。

ずっとお星様を見たいって言ってたので、近くの山の頂上に送ってあげたんですよ?

でも、その時・・・今日まで楽しみにしていたはずなのに、どうしてテレサちゃんがすごく悲しそうな表情を浮かべていたのかは・・・私には分かりません。


・・・というわけで、考えても仕方ないことは横に置いて、私はこれから主さんと一緒に、朝食の稲荷寿司を作ろうと思います。


・・・えっ?計画通り?

えっと・・・何の話ですか?

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