14.15-33 箍18
マグネアがミネルバとの駆け引きに、どうやって終止符を打てば良いかと悩んでいた頃。
ワルツとルシア、それにポテンティアは、急ピッチであるものを造り上げていた。複数の合金と、非金属を組み合わせた複合材料——それも鉛を多分に含んだ構造物を。
直径は100mほどの球体で、ワルツたちが造る構造物の中では比較的小さいものの、壁は分厚く……。そのせいか重量は、空中戦艦クラスの重さに匹敵していたようである。
材料の運搬には、ポテンティアによる貢献が大きかった。彼はワルツから学んだ転移魔法陣を使い、四方八方に散らばった分体たちを駆使して、大量に材料を集める事に成功したのである。
本来、魔法を使えないはずのポテンティア——もとい、マイクロマシンたちは、その身体をオリハルコンの合金で造られていたのである。そして魔道インクもまた、オリハルコンの粉末で出来ていた。ようするに、ポテンティアは、自分自身の身体を使うことで、転移魔法陣を造り上げることが出来たのだ。ちなみに魔力源は自前で確保した魔石だったりする。
まぁ、それはさておき。
ワルツたちが造った球状の構造物には、数十個の穴が開いていて、そこには超が付くほどに分厚いガラスのようなものが填め込まれていた。それも、鉛を多分に含有した大変環境に悪そうなガラスが。
何より変わっていた点は、その構造物に扉が付けられていなかったことである。そう、完全に密閉された球体だったのだ。
「これでよしっ、と。ポテンティア一匹、入り込む隙間は無いわね」
『入り込む隙間があったら、それはそれで別の問題があると思いますが……』
「お姉ちゃん……これで本当に良いの?(っていうか、ポテちゃん、お姉ちゃんに"匹"って数えられてるけど、反論しないのかなぁ?)」
「えぇ、大丈夫よ?転移魔法か転移魔法陣を使えば、中に入れるもの」
ワルツはそう口にすると、球体の方へと近付いていく。
球体の下部には、造船中の船を支える柱のようなものが無数に取り付けられており、地面から少し浮かんだ状態で固定されていたようである。その下部には転移魔法陣が描かれており、近付いたワルツの事を——、
ブゥン……
——と、どこかへと転移させた。言わずもがな、球体の内部である。
そして間もなくして、ワルツが同じ場所へと現れた。
「うん、良い感じね。転移魔法陣を使った換気機構もちゃんと動いているみたいだし、簡易的な"宇宙船"としては、とりあえず及第点なんじゃないかしら?」
そんなワルツの言葉通り、彼女たちが造った球体は宇宙船だった。より具体的にはポットと言うべきか。分厚い鉛製の壁や、鉛入りのガラスが必要だったのは、宇宙に浮かべる、あるいは月に配置するにあたって、太陽からの放射線を防ぐためだったのである。
「あとは転移魔法陣式のスラスターが動くかどうかだけど……予想だと多分、すごく効率が悪いと思うのよね……」
「えっ?なんで?」
「転移魔法陣そのものには反動を受け止めるような調整昨日は無いからよ?転移魔法陣は飽くまでモノを転移させるだけの効果しかないから、何かを射出しても、その反動を受け止める訳じゃないのよ」
例えば、小さな転移魔法陣でメガトン級の空中戦艦を丸ごと転移させたとしても、その質量を転移魔法陣が受けとめるわけではないのである。概念的に、ただ物体を移動させるだけ。転移魔法陣を使って、転移させる対象の運動エネルギーを調整することも可能だが、それでもその反作用を転移魔法陣が受ける事は無いのだ。
ゆえに、簡易宇宙船の表面に描いた複数の転移魔法陣は、それ単体では本物の宇宙船のスラスター代わりにはなりえなかった。単にガスなどを転移させただけでは、反作用が生じない以上、推力は発生しないからだ。
ただし、それは、転移魔法陣だけを使った場合の話。
「外に爆発物を転移させて、爆発させたその反動で移動するしかないわね」
ようするに、転移魔法陣を使って、ロケットエンジンを実現してしまえば、推進力として使える、と言うわけである。船外で燃料を爆発させれば、船体を押すような力——つまり推力が生まれるからだ。
「原始的よね……」
「原始的?」
「えぇ。だって、重力制御が出来れば、推進器なんて本来必要無いもの」
「あぁ、そっかぁ……(……?)」
なら、重力制御を行う装置をポットに組み込めば良いのではないか、と思うルシアだったものの、彼女はその言葉を飲み込んだようである。ワルツがわざわざ"重力制御"という言葉を使っているのに、重力制御システムを組み込んでいないのは、それ相応の理由があると考えたからだ。
ちなみに、理由は単純で、その場にあった機材だけでは、重力制御システムが作れないからである。資源も時間も何もかもが、今のワルツには不足していたのだ。
それでも、現状は問題無いと言えた。ワルツの目的は、宇宙を自在に移動出来る宇宙船を造ることではないからだ。
彼女たちが造ったポットは、ただのポット。試しに月面に設置して、マグネアたちに月面がどのような場所なのかを説明するための一時的な居住スペースでしかないのだから。




