14.15-32 箍17
一方、学院に戻ったフィン、もとい学院長のマグネアは、というと——、
「……むふふふふ……」わなわな
——学院長室で1人、怪しげな笑みを浮かべながら肩を揺らしていた。日は暮れかかっており、大分暗くなってきているというのに、部屋に灯りも付けずに、ただ一人きりで、だ。傍から見れば、奇人変人の類いである。
実際、それは間違っていないのかも知れない。彼女は自身の研究事になると、周りが見えなくなるからだ。
ただ、その反面で、秀でた冷静さと、常識人として赤点ギリギリの理性も持ち合わせていた。それゆえに、彼女は学院長を務めているのである。もしも彼女がただの変人でしかなかったなら、今なお、彼女は、一介の教職員として燻っていたに違いない。尤も、それで不幸なのかと言えば、そうとは限らないのかもしれないが。
そんな彼女は、自分の背丈に合わない学院長室の椅子に座りながら、足をブラブラと揺らしつつ、何かを思案していたようである。そして、ハッ、と周りの暗さに気付いて、ようやくランタンに火を灯し……。それからなぜか教員名簿(?)を開いて、そこに目を落とす。
「さぁて、誰にしましょうかねぇ……」ピラッ
そこに書かれていた名前は、正確には教員たちの名前ではない。教員の資格を持った人々の名前である。学院から巣立っていった優秀な卒業生たちだけが名を連ねる名簿だ。マグネアはその中から、ワルツの月面コロニー計画に参加させる人物を選定していたのである。
誰でも彼でも良い、というわけではなかった。ワルツには明言されていないが、口の軽い人物を選ぶわけにはいかないと個人的に判断していたようだ。
それでいて能力面に問題が無く、素行にも問題の無いと思しき人物……。
「い、いない……」ぴらっ
教員資格を持った者たちは、多かれ少なかれ、自分の研究に没頭する気があり、自分にとって興味の無いものには、興味を持たない者たちが多かった。所謂、マッドサイエンティストというやつだ。いや、彼らは魔法のスペシャリストなので、マッドウィザードと言うべきか。
「無難なところで選ぶなら、ハイスピア先生ですかねぇ……。しかし、彼女も、変わった性格をしていますからねぇ……。突然フラフラと揺れ出すとか、無言でニコニコと微笑み続けるところとか……あと、何かを隠しているような雰囲気もあるのですよね……」
ハイスピアのクラスで、他の学生に交じりながら、学生をエンジョイ(?)するフィンは、担任教師の素行を思い出しながら、溜息を吐いた。担任について、色々と思うことがあったらしい。
とはいえ、ワルツたちにとってもよく知る知人と言えるので、ハイスピアのことは、協力者として含めることにしたようである。
「あと他には……」
そう言いながらピラピラと教員資格を持っている者たちのリストを眺めていくマグネア。
そして彼女のページめくりが5周目に突入したころ——、
コンコンコン……
——学院長室の扉がノックされる。
「……空いています。入りなさい」
マグネアは机の上に広げていたリストを一旦机の引き出しの中に片付けながら、扉の向こう側にいる人物に対し声を掛けた。
すると扉が開いて、とある人物がやって来る。その姿を見たマグネアは、少しだけ眉を顰め、見るからに不機嫌そうな雰囲気を纏いながら、口を開く。
「またですか。ミネルバ」
やってきたのはミネルバ=カインベルク。ミレニアの母であり、マグネアの娘である。そして学院の教員でもある人物だった。
ちなみに、ワルツの計画に参加させようと考えていたメンバーの中に、ミネルバの名前は無い。マグネアは、故意にミネルバを計画から外したのだ。
理由は単純。
「母さん……いえ、学院長が折れるまで何度でも通いますよ。私を特別教室の講師に任命して下さい」
ミネルバが、特別教室のとある人物に、異様な興味を抱いているからだ。ちなみに、魔力をまったく持たないワルツのことではない。
一体、誰に興味を持っているのか……。それをよく分かっていたマグネアは、絶対にミネルバのことを、計画に誘わないと決めていたようである。何しろ、ミネルバは、マグネアの人生の生き写しといえる存在。良い事、悪い事、そして黒歴史と呼べる研究に至るまで、自分の背中を追い続けてきた人物だからだ。そう——ミレニアという孫が産まれるまで、何度も警告をしたというのに、だ。




