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6中-08 雨の町並み-中編4

ボレアス帝国滞在最終日(予定)の朝。


朝食を食べた後、来賓室を抜け出したワルツたちは、ルシアが新しく建てた王城の議長室(?)にあるテラスへとやってきていた。

ここからなら、晴れていれば、プロティー・ビクセンの街中を一望出来るはずなのだが・・・


「何?今、梅雨(うき)なの?」


雨のために(かすみ)がかって、街の外周にある防壁すら見えない景色に、ワルツはゲンナリとした表情を浮かべていた。

雨が嫌いではない彼女にとっても、遠くの景色や青い空を眺められたほうが、やはり、気分は良かったのである。


そんなワルツの声に、


「どうかなぁー・・・」


共に雨雲を見上げながら・・・しかし、彼女と違って、それほど機嫌は悪くはない様子のルシアが答えた。

どうやら、姉と一緒に行動していると、傘が必要ないためにクリアに見える雨空や景色、それに、まるで自分を避けていくような雨粒を眺めることが出来るためか、雨でも飽きることが無いらしい。


そして、もう一方(ひとかた)


「雨が続くと、羽毛の手入れが大変です」


議長室(?)の中で、何やら作業していたシルビアの声も聞こえてきた。

(しき)りに翼を擦り合わせている様子を見ると・・・彼女の言葉通り、どうも翼の手入れをしているようである。


「何してるの?」


あえて何をしているのか分かっていて、その上で問いかけるワルツ。

この場合の彼女の問いかけをより詳しく述べるなら、『具体的にどうやって翼の手入れをしているのか?』と表現できるだろう。


すると、そんなワルツの言葉に、どういうわけか、


「っ〜〜〜!!」


顔を真っ赤にして、テラスの窓の影に隠れてしまうシルビア。


(・・・うわぁ・・・)


ワルツは、そんな彼女の姿に、何か地雷のようなものを踏んでしまったような気がして、眉を(ひそ)めた・・・。


「きゅ、急に、女の子にそんなこと聞くなんて失礼ですよ!ワルツ様!」


「いやいや・・・私も(れっき)とした女子なんだけど・・・」


ワルツが予想した通り、やはり聞いてはならないことだったようである。


「・・・ルシアは、シルビアが何をしてたか分かる?」


「え?毛づくろいじゃないの?」


「だよねぇ・・・?」


一瞬、自分だけが知らない何かセクシャルなことか、と疑問に思ったワルツだったが、ルシアも知らないとなると、恐らくこの世界でも一般的なことではないのだろう。


ワルツとルシアがそんなやり取りをしていると、


「じーっ・・・」


っという擬音とともに、シルビアが窓の縁からテラスの方を覗いてくる。


「・・・何?聞いちゃいけないことじゃなかったの?」


そんなシルビアの様子に、『聞いてほしい』という副音声を感じ取ったワルツ。


「・・・いえ、私たち翼人だけの話なので、ワルツ様やルシアちゃんが知らなくても当然です。・・・少し恥ずかしい話ですが、聞いて下さい!」


「いや、なんかそう言われると、聞きたくないわね・・・」


「えっ・・・」


恥じらいを見せながら『翼人だけ』と口にしたシルビアの言葉に、なんとなくその理由が分かったワルツは、ジト目を彼女に向けながら言った。


「あれでしょ?羽脂腺(うしせん)が羽の付け根にあって、女の子や男の子が云々かんぬんって話」


なお、羽脂腺とは、鳥が羽を繕う際に使う、特殊な脂の出る器官のことである。


「えっ・・・」


「まぁ、そんな立派な翼を持ってるんだから、そういう器官があっても不思議じゃないわよね」


「・・・」


ワルツの言葉に、固まるシルビア。

言いたかったことを的確に当てられてしまったためか、彼女の頭の中から恥じらいと言う言葉が、すーっと、静かに、異空間へと吸い込まれていった・・・。


・・・さて。

彼女のことはこの際どうでもいいだろう。


問題は、ワルツたちがどうしてこの場所に来たのか、である。


「イブちゃん、どこかなぁ・・・」


辺りの景色に目をやりながら、小さな魔力弾を無数に操るルシア。

どうやら、魔力弾越しに、イブの姿を探しているらしい。


一方ワルツの方も、


「生体反応センサーは・・・ダメね。転移魔法を使われた時点で、マーカーが外れちゃったわ・・・。あとは建物の中を一軒一軒スキャンしていくしか無いわね・・・」


超科学を駆使して、誘拐されたイブのことを探していた。


その他、ユキはその権力を使って。

彼女に連れて行かれたユリアは・・・恐らくこき使われて、街中の情報を収集していることだろう。

なお、テラスに向かって背を向けながら、膝を抱えて虚ろな視線を床に向けているシルビアは、いつも通り伝令役兼雑用係だ。


「でも・・・なんか骨折り損で終わりそうな気がするのよね・・・」


「・・・どうしたの?お姉ちゃん」


プロティー・ビクセンの景色に、あまり明るくない表情を向けながら、弱音に近い言葉を口にしたワルツに、ルシアはその理由を問いかけた。


「・・・昨日、イブを誘拐した黒いローブの男が言ってたのよ。私のことを『魔神』だって・・・」


「お姉ちゃんの正体を知ってる人?」


「いや、正体は魔神じゃないけどね?・・・まぁ、私のことをどこまで知ってるかは分からないけど、あの感じだと、私のことを警戒して、この街から逃げ出したと思うのよね・・・」


「・・・それだといくら探しても見つからないよね・・・」


弱音の理由を知ったルシアは、姉と共に消沈した。


(あー、せめて一人くらい生かしておくべきだったわ・・・)


怒りに任せて、男たちを皆殺しにしてしまったことを、今更になって悔いるワルツ。


なお、彼ら犠牲者(?)は、ワルツが現場を立ち去る際、建物ごと丁重に質量-エネルギー変換を行っていたので、跡形なく綺麗に消えてしまっていた。

故に、ワルツが彼らを殺したという証拠が、(子どもたちの証言以外に)一切残っていない代わりに、死体から身元を調べる事もできなかったのである。

・・・あるいは、時間を遡るような方法が無い限り捜査自体が不可能、と言った方がいいだろうか。


「・・・それでもやらなきゃダメよね・・・」


我ながらホント面倒ね・・・、と思いながら、テラスから見える範囲の生体反応に対して、室内スキャン用のビーム・・・所謂X線を片っ端に照射していくワルツ。

なお、建物を透過したX線を取得して画像化するのは、|遠隔センシングユニット《機動装甲の手のひら》である。


ちなみに、この機能は、この世界に来た当初からワルツに搭載されてたもの・・・ではない。

ホログラムシステムを直す際、システムの内部の物理的なスキャンをする必要があったために、急遽追加した機能である。

もしもこの機能が最初からあったのなら・・・彼女がルシアの獣耳の構造を夜な夜な悶々としながら想像するという無駄な日々を過ごす必要は、一切無かったことだろう・・・。


「・・・あっ・・・あの人、胃がん・・・」


「えっ・・・」


「あの人は大動脈瘤が破裂しそう・・・」


「・・・?」


「あの人は硬膜下血腫が残ってるわね・・・」


「・・・何見てるの?お姉ちゃん・・・」


「え?もちろん、イブを探しているわよ?」


「・・・ほんと?なんか、カタリナお姉ちゃんから聞いたことのある言葉が、聞こえた気がするんだけど・・・」


「うん。半分本当」


「・・・」


・・・どうやら、ワルツは嘘が付けなかったようである・・・。




ジト目を向けてくるルシアの無言の圧力が、物理的な単位で表現できるかどうかを考えながら、ワルツがイブの捜索を続けていると、


『ワルツ様・・・』


・・・どこか(しお)らしい話し方で、ユリアが無線機越しに話しかけてきた。


『何か分かったの?』


『はい。ご報告したことがございます。もしよろしければ、直接お伺いして申し上げたいのですが、お時間をいただけますでしょうか?』


『・・・例の新しく出来た王城にある、いつものテラスにいるから、来るならいつでもいいわよ?』


『かしこまりました。ではすぐに・・・』


シュタッ!


「お待たせして申し訳ございません・・・」


「いや、1秒も待ってないんだけど・・・」


一体、どういう移動をすれば、目の前に急に現れることが出来るのか、理解できなかったワルツ。

転移魔法のようにも思えるが・・・上から降ってきたような気がするのは、彼女の気のせいだろうか。


「・・・ところで貴女、なんか喋り方おかしくない?」


「いえ、そのようなことはございません。忠誠を誓った身。このように話すべきであると、気付いたのでございます・・・」


(・・・相当、ユキに教育(調教)されたわね・・・)


そう思いながら、ユリアに対して、可哀想なモノを見るような視線を送るワルツ。


すると・・・


「ぐすっ・・・どうして・・・ユキさんが・・・シリウス様だって・・・教えてくれなかったんですかぁ・・・うわぁぁぁぁん!!」


・・・ユリアの心が自壊した・・・。


「いやね?ユリアには悪いと思ってたんだけど、ユキに黙ってて欲しいって言われて、言い出せなかったのよ・・・ごめんねっ!」


「ワルツ様のいじわるぅぅぅ!!うわぁぁぁぁん!!」


そう言いながらワルツの胸に抱きつくユリア。

どうやら、号泣して我を忘れるほど、酷い仕打ちに遭ったらしい。


その際、


ゴォォォォォ!!


辺りを猛吹雪が襲った挙句、


ピキピキピキ・・・


王城を氷が包み込んだのは、単なる偶然だろうか・・・。


「・・・それで、何か分かったの?」


どういうわけか、自分たちの周りだけ凍らなかったので、特に気にすることもなく話を進めようとするワルツ。


「そ、そうでした」


ユリアは涙と鼻水を拭くと、重大な用件を口にした。


「犯人の正体が分かりました!」


『えっ?!』


「魔王の・・・シリウス様の支配からこの国を開放する、とか訳の分からないことを言っている秘密結社のようです。ワルツ様が仰られていた現場の、その土地の所有者の関係を調べていくと、彼らの情報が出てきた・・・というよりも、彼らの情報しか出てこなかったので、間違いないでしょう」


「で、その『彼ら』っていうのは、どこにいるわけ?」


「それがですね・・・」


そう言いながら、難しい表情を浮かべるユリア。


そして彼女が口を開こうとした・・・そんな時である。


『皆さん!逃げて下さい!』


突然、街中に響く、ユキの声。


次の瞬間、


ドゴォォォォン!!


・・・ただでさえボロボロだったプロティービクセンの町並みに、突如として大きな穴が開いたのである。


更にその穴から、


・・・・・・ォォォン!!!!


まるでクジラに足をつけたような姿の、巨大な生物・・・『迷宮』が這い出てきたのだ。

うーん、昨日は一日中意識を失っておったのじゃ・・・。

どうしてなのじゃろう・・・。

確かルシア嬢と何かしておった気がするのじゃが・・・まぁよい。


そうじゃ。

妾は今、機嫌が良いのじゃ。

これから、主殿と星を眺めてくるからのう。

・・・ん?勝手に決めるな?

じゃから言うておるじゃろ?車の鍵をよこせと。

え?ルシア嬢に奪われた?

ぐぬぬ・・・またあやつか・・・。

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