14.15-28 箍13
「……計画に巻き込む者を、私が決めても良いのですか?」
「えぇ、良いわよ?だけど、優秀だとしても、悪意を持っていたりする人は勘弁ね?まぁ、そんな事を言ったって、誰が悪意を持っているかなんて分からないと思うけれど……」
「……熟慮します」
憑き物が取れたような表情でマグネアは首を縦に振った。ワルツたちに協力するに当たり、枷になっていた"学院長としての責任"について、深く考えなくても良いことに、マグネアは気付いたらしい。
その一方で、マグネアの頭の中では、新たな疑問が浮かび上がってきていたようだ。
「話は変わりますが、どうやって月に行くというのですか?かつて多くの転移魔法使いが月を目指して転移魔法を行使し……そして失敗してきました。月は目に見える場所ですから、転移魔法を使って移動することは可能なはずですが、転移先を月にしようとするとなぜか魔法が発動せず……一般的に、月は転移できない場所とされてきました。いえ、そもそも、月とは何なのか……。太陽とは何か、空とは何か……。ワルツさんは、それらすべてを分かっていて、月に行くと仰っているのですか?」
マグネアが口にした言葉は、学院に残る転移魔法使いたちの記録の話だった。転移魔法を使うことの出来た者たちは、皆、月を目指して転移魔法を行使してきたようだが、魔力が足りないのか、それとも他の要因があるのか、月へと転移することが出来ず、魔法の発動すらしなかったのだ。
それゆえか、"月に転移する"という言葉は、この世界において諺になっていたようである。現代日本で言うと、"絵に描いた餅"とほぼ同義だ。
対するワルツは、手のひらの上に銀色のインクを浮かべて弄びながら、少しの間考え込み……。そしてマグネアに対して返答する。
「転移自体は問題無さそうよ?試しに——」
ワルツがそう口にした瞬間、ブゥンという低音と共に、彼女の手のひらの上に白い石塊のようなものが現れた。
「これ、今、月から転移させた月の石だけど、向こうから持ってこられるということは、こっちからも送ることができるはずだもの」
というワルツの、何と言うことは無い、と言わんばかりの発言に、マグネアは——、
「(そういうものですか……)」
——と納得しそうになる。
しかし、彼女はその直後、ワルツが大変な事を言っていることに気付いて、興奮(?)する。
「いや……いやいやいや!そんな簡単に?!」
そんな簡単に転移魔法を使って、月の石を手に入れることが出来るのか……。興奮のあまり、マグネアは声を荒げてしまう。
彼女の言葉は質問として不完全だったが、それでも内容は十分に伝わったらしく、ワルツは淡々と返答した。
「えぇ、転移すること自体は簡単ね。トンデモない場所に転移しないよう、惑星の自転に合わせた相対座標の修正が必要になるけれど、別にその程度なら修正出来ないわけじゃないし……」
「???」
ワルツは一体、何を言っているのか……。惑星とは何か、自転とは何か、相対座標とは何か……。マグネアには呪文のようにしか聞こえていなかったらしく、彼女の表情にはワルツが見て分かるほどの疑問が浮かび上がっていたようだ。
ゆえに、ワルツは工房にあったモニターを活用して、状況を説明する。アステリアやマリアンヌも対象だ。
「まず、月のことを知ってもらう前に、惑星の話から説明しなきゃダメそうね……。これが私たちのいる惑星アニアよ?」
モニターに映し出された青くて丸い球体。それを見たマグネアたちの表情は、皆同じだった。ポカーンと口を開けて、モニターを見つめている、といった様子である。何が何だか分からない、と顔に書かれているようだった。モニターの内容にしても、あるいはモニターそのものにしても……。
しかし、ワルツの方は、一々言葉を止めて詳細を説明しない。マグネアたちの知りたい内容は、自分が説明している内に何となく理解してもらえると考えたからだ。
「で、惑星アニアは1日をかけてコマのように回っている訳なのだけれど、これが自転。朝が来て、夜が来て、そしてまた朝が来るって現象は、自転が理由よ?そして、1年間かけて太陽の周りも回るのだけれど、これが公転。春夏秋冬はこっちが原因ね」
ワルツは言葉での説明だけでなく、モニターを使ったCGも併用して、惑星アニアの自転と公転を説明していく。
そして最後。
「で、惑星アニアの少し先を進んで、太陽の周りを公転する2つの天体が、月よ?二つ重なっているから1つに見えるけれど、実は2個あるのよ」
と、惑星アニアの中でも知っている者が殆どいないだろう話を、シレッと口にするワルツ。対するマグネアたちは、ワルツの地動説を理解出来るのかいないのか……。やはり、ボンヤリとモニターを眺めたまま、口を開けっぱなしにしていたようである。




