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14.15-27 箍12

 自動杖がいらない、というワルツの言葉に、マグネアは尚更に困惑した。


「(自動杖の技術がいらないのだとすれば、なぜ当学院に在籍し続けようとするのです?ワルツさんの目的は、元々、自動杖の技術を学ぶためのはず……。しかしそれがいらなくなった今、学院に在籍し続ける必要は無いはずです)」


 そう考えたマグネアは、その疑問そのものについて、さらに疑問を抱く。


「(……いえ、そもそも、ワルツさんは、当学院に在籍し続けるとは一言も言っていませんね……。もしや、学院を退学して、研究所とやらを作ろうとしているのですか?)」


 無言のまま考え込むマグネアは、一旦思考をリセットする。


「(いえ、それなら、ワルツさんは、私にわざわざ研究所の話を振ってこないはず……。学院との関係を保ちながら研究所を作ろうとしているからこそ、彼女は私に声を掛けたはずです。まぁ、学生のままの身分でいるかどうかまでは、直接聞かないと分かりませんが……)」


 そしてマグネアは、最終的に、ある疑問に辿り着いた。ワルツの話を聞いた全員が共通して思う疑問だ。


「(なぜワルツさんは、月に研究所など作ろうとしているのでしょう?)」


 実現可能性については、ひとまず横に置いておくとして、なぜワルツはわざわざ月の上に研究所を建てようとしているのか……。月に建てるくらいなら、その辺の森を切り開いて、研究所を建てた方が良いのではないか……。それがマグネアの率直な意見だった。


「なぜ——」


 今までしばらく黙り込んでいたマグネアが口を開こうとしたとき、彼女の最初の言葉から、疑問の全容を察したらしいルシアが、口を開く。


「お姉ちゃん、ミッドエデンの人たちには内緒で、研究所を作りたいんだって。その辺に工房を作ると、すぐに押し掛けてくる人がいるから……」


 ルシアの発言を聞いて、次にマグネアの中に生じた疑問は、流石にマグネア本人にしか口に出来なかったようだ。


「……なぜミッドエデンの方々に内緒にして、私たちを巻き込もうとしているのです?率直に言って、レストフェン大公国よりも、ミッドエデン共和国の方が、よほど技術は進んでいるはずです。レストフェン大公国……いえ、我々を巻き込もうとする理由が分かりません。納得できる理由を教えて頂けなければ——」


 協力は出来ない……。そう口にしようとしたマグネアだったが、研究者としての彼女の探究心や興味が邪魔をして、最後の言葉を引っ込めさせてしまう。マグネアには、目の前にぶら下げられた"技術"という名の人参を無視できなかったのだ。


 もし、彼女が、ワルツから個人的な協力を求められたとすれば、マグネアはすぐに首肯を返して、ワルツの言いなりになっていたことだろう。しかし、マグネアは学院長。自分の軽はずみな判断で、学院の関係者を巻き込むような判断を出来なかったのである。


 ゆえに、美味しそうな人参を目の前にちらつかされても、マグネアには食いつくことが出来なかった。本心では喉から手が出るほど協力したいのに、その手を遮るように猿ぐつわをさせられているかのような気分だった。


 対するワルツは、淡々と理由を口にする。


「理由は単純。ミッドエデンで進んでいる研究とは、別の方向性で研究を進めたいからよ?」


「ミッドエデンで進んでいる研究と別の方向性……?」


「流石にその中身まで詳細まで明かすことは出来ないわね。研究結果の一部については、開示できるけれど、全部を言わないと……協力してくれないのかしら?その一部の研究だけでも、貴女方にとっては、かなり大きな収穫になると思うのだけれど……」


 ワルツのその言葉を聞いて、マグネアは悩んだ。理想としては、ワルツの計画の全容を聞かなければ、学院を巻き込むことを決断できないが、一部の開示でも、学院としては、かなり大きなメリットがあるというのは確かだったからだ。ワルツが提示する技術は、何一つ取っても、新規性が高いものばかり。言い方を変えれば、ミッドエデンの技術が、少しの協力だけで、手に入ることと同義だと言えた。


 しかしやはり、無責任な決定は出来なかった。マグネアが学院長として判断を下すには、すべての情報の提示が必須。なにしろ研究所を月に作るというのだ。月が何たるかを知らないマグネアにとっては、海の向こう側にある新大陸で新たな研究者人生を初めてみないか、と提案されているに等しいないようなのだから。尤も、向かう先は、新大陸どころか、星の外なのだが。


「(全部開示しなければダメだと返答する?いえ、そんなことをすれば、得られるはずの技術を逃してしまうかも知れない……。あぁ、悩ましい!もっと自由に動けるなら、即決できるのに……)」


 マグネアは目を瞑り、眉間に皺を寄せながら、再び思考の海に飛び込んだ。深い深い海だ。なお、彼女が飛び込んだ海の名前は、"優柔不断"と呼ばれることがあるとか、ないとか……。


 対するワルツは、優柔不断の先駆者(?)だったためか、マグネアの思考を読んで、こんなことを言い出した。


「貴女の立場的に、すぐに決められないというのは理解しているつもりよ?だから、別に、学院の全員を巻き込んで、月面研究所計画に参画しなくてもいいわ?むしろ、信頼できる人だけを巻き込みたいくらいなのよ。その信頼できる人っていうのが、学院長先生だった、って話」


「……それはつまり……」


「うん、そう。学院長先生が巻き込みたい人を選んで、私たちに協力してもらえば、学院そのものを巻き込まなくても良いんじゃないか、ってこと」


 その瞬間、普段は沈着冷静なマグネアの顔に、普段は見せないような花が咲いたようだが……。その表情を見たのは、ワルツだけだったようだ。


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