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14.15-24 箍9

「…………」


「…………」


 学院長室の中がセメントで満たされたかのように、2人の間に沈黙が漂う。ワルツが呼びかけた"フィン"という名前に、一瞬だけ驚いたような表情を見せた学院長マグネアだったものの、彼女はすぐに普段の表情と落ち着きを取り戻して平静を装ったのだ。


 対するワルツの方は、マグネアの反応待ちといった様子だった。肯定されても、否定されても、ワルツとしてはどちらでも良く、学生に紛れていたマグネアのことを弾糾するつもりは無かったのだ。ワルツがここに来た理由は、マグネアの正体がフィンであることを突きつけるためではないからだ。


 しばらく沈黙が続いた後、マグネアが口を開いた。


「……疑問は2つ。あなたにはフィンという少女が見えるのですか?」


「実はね……私って、幻影魔法の類いが全然効かないから、気配を消したり、姿を消したり、それか見た目を変えたりしても、変身する前の姿しか見えないのよ。なんでテレサと学院長先生が仲良く作業してるのかしら、ってずっと疑問に思ってたわ?」


「…………」


 マグネアは再び黙り込んだ。ワルツの言葉で退路をすべて封じられたからだ。


 ちなみに、マグネアの2つめの質問は、なぜフィンという少女と自分とが同一人物だと思ったのか、というものだったのだが、幻影魔法が効かないというワルツの発言を聞いて、質問することをやめたようである。ワルツの言葉は、つまり、フィンという少女の姿は一切見えておらず、喜々としてテレサの作業を手伝うマグネアの姿しか見えていなかった、と言っていることに他ならないからだ。


「…………」かぁっ


「…………?」


 マグネアが黙り込んだまま顔を赤くしている様子を見て、ワルツが首を傾げていると、マグネアは「おっほん」とわざとらしく咳をした後で、ワルツに向かってこう言った。


「私がフィンであることを……いえ、学生に紛れて授業を受けている事をネタに、私の事を強請(ゆす)るつもりですか?」


 マグネアは自分が脅されるのではないかと考えたらしい。自分がフィンである事を口外しないことを対価に、何かを強要されるのではないか、と。


 ただ、マグネアとしては、たとえ自分がフィンであることを口外されたとしても、痛くも痒くもなかった。そもそも、フィンという少女を認識できる人間は、ワルツのように幻影魔法が効かない者に限られるので、学院内——どころか国内にも殆どいないからだ。教師たちも知らないほどで、ワルツがフィンの存在を口外しても、誰も信じない可能性が高いと言えた。


 更に言えば、学生に紛れて教師の仕事ぶりを確認していると言い訳が立つので、マグネアとしては何も問題は無かったのである。強いて言うなら、ミッドエデンの関係者が多い特別教室で学生に紛れたことを、スパイ活動だ、とこじつけらる可能性は否定できなかったが、マグネアとしては言い逃れる自信があったようだ。


 ゆえに、"フィン"をネタにマグネアを強請ることは不可能。マグネアは、一度揺らいでしまった内心を、再び静かな海のように落ち着かせたのだが……。しかしワルツの発言は、その静かな海に、巨大な隕石を落とすような内容となる。


「いいえ?ただの世間話……っていうか、技術的な事に興味があるのかと思って聞いただけよ?もしも、技術や工学といったものに興味があるのなら、これから私たちがやろうとしていることに、一枚噛んで欲しいと思ったのだけれど……でも、興味が無いって言うのなら仕方がn——」


   ガタンッ!


「詳しく聞かせなさ——いや、詳しく聞かせて下さい!」


 座っていた椅子から跳びはねるようにして、前のめりになるマグネア。そんな彼女の見た目は元が幼い少女のようにしか見えないこともあって、目をキラキラと輝かせると、尚更に幼く見えた。誰がどう見ても、ミレニアの祖母には見えない。


 もしや、ミレニアの祖母ということ自体が幻影魔法で作り出した嘘なのではないか……。などと思うワルツだったが、彼女は取りあえず、その思考を横に置く。


「……良いの?聞いたら後戻り出来なくなるわよ?」


「聞かなかったら後悔しますよね?学院の長としても、個人としても」


「……じゃぁ、言うけど、私、研究所を建てようと思うのよ」


「ほう?それはどこに?」


「月に」


「つ…………は?」


「だから、月に。ほら、空に浮いているあの大きな白いやつ。あれの表面よ?」


 淡々と喋るワルツを前に固まるマグネア。この瞬間、彼女の心の中にあったはずの静かな海は、大波が荒ぶるどころか、海のそのものがカラッカラに蒸発してしまったようである。


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