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14.15-19 箍4

 特別教室の半数ほどの学生は、ワルツが行うという授業に期待はしておらず、彼女はいったい何を言っているのか、と不思議に思っている者が多かった。そしてlもう半分ほどの学生たちの内、ワルツの身内を除いた少数の者たちは、逆にこれから何が起こるのかと期待に目を輝かせている様子だ。いずれにしても、彼ら、彼女らに、先ほどまで身体に絡みついていたようなぐったりとした雰囲気は無い。


 以前、ワルツは特別教室の学生たちを対象に、強制的に記憶を定着させる強制学習を行った事があった。その影響で、クラスの中の数学的な知識水準は劇的に向上していた訳だが、何に使えるのか分からない数学の知識を植え付けられた学生たちとしては、何が何だか分からず……。未だ、数学の重要性には気付いていなかった。科学技術が発達していない世界において、ワルツが教えた数学の知識は、少々未来を進みすぎていたのである。


 そんな事情も知らず、ワルツは両手にチョークを持って、以前同様、黒板に模様を書き込んでいた訳だが、その模様を書き込み終わった瞬間、教室の中で変化が起こる。


「「「んん?」」」


 最初に生じた声は疑問の声だ。何か知識が学生たちの頭の中に植え付けられたのは間違い無いのだが、それが何なのか、すぐには理解出来なかったらしい。


「俳句って何だ?」

「575?」

「詩なのか?」

「松尾芭蕉?」


 どうやらワルツは、現代日本の所謂国語のインプリンティング(強制学習)を行ったらしい。


 突然、俳句を口にし始めた特別教室の面々の中で、唯一強制学習の効果が無かったテレサが、微妙そうな表情でワルツに問いかける。


「ワルツ……先生。どうして急に、俳句を覚えさせようと思ったのじゃ?」


「えっ?だって今日、言語の授業の日でしょ?」


「レストフェンには俳句という文化は無いのではなかろうか?というか、そもそも、この世界のどこを探しても、俳句など存在しないと思うのじゃが……」


「えっ?そう?じゃぁ、別の内容にしようかしら……」


 時間が経つにつれて、ノリノリな様子では俳句を口ずさみ始めた学生たちを前に、「これはこれで良いと思うのだけれど……」と口にしつつも、ワルツは一旦、黒板の模様を真っさらに消して、再び何かを書き始めた。


 そして数十秒後。


「「「……ん?」」」


 再びクラスの中がざわめき始める。


「いとおかし?」

「てふてふ?」

「古語ってなんだ?」

「紫式部?」


 どうやらワルツは、更に日本語の歴史を遡ったらしい。


「歴史の授業じゃないけれどさー、やっぱ、言語の成り立ちを学ぶのって重要じゃない?」


 と、ワルツは微妙そうな表情を浮かべるテレサに問いかける。というのも、テレサ以外の他の者たちは、古語という新たな知識に手一杯で、話が出来るような状態ではなかったからだ。


「確かにそれはそうかもしれぬが、おそらく、この世界における言語の成り立ちはまったく異なると思うのじゃ。どこぞの女神などが、何千年も前から、現代語をペラペラと喋っておるくらいじゃからのう……」


「……やっぱり、そっち経由で、日本語が流入してきたのかしら?」


 この世界における言語は、どういうわけか日本語だった。それも、ただの日本語ではなく、限りなく()()に近い日本語。英語を始め、他の国の言語などを所謂ジャパナイズして取り入れた日本語だ。


 この世界の言語の始まりが、どのようなものだったのかは、歴史書にも残っておらず不明だが、世界に"人"が現れた時から使われていたというのが通説だった。"神"がある日、人に言葉を齎したと本気で考えている者も少なくなかった。実際、女神を自称していたデプレクサのような存在が何千年も前から存在していたので、その通説は強ち間違いではないのかもしれない。


 ただ、ワルツとしては、言語学の授業で、そんな世界の事実(?)を教えるわけにもいかず、仕方がないので日本における国語の授業を伝える事にしたのである。その結果が、俳句と古語だった。


「じゃぁ、本当の事を伝える?」


「いや、それは拙いじゃろ……」


 もしも本当の事を伝えれば、言語の内容以前に、違う意味で混乱が生じるのは必須。テレサが止めた結果、ワルツは、現代世界からやってきた者たちが言語を広めたかもしれない、という世界の真実(?)については黙っておくことにしたようだ。


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