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6中-06 雨の町並み-中編2

ゲシュタルト崩壊を起して、『片付ける』が『方付ける』に変わっておったのじゃ・・・。

一体どこから間違っておったのじゃろう・・・。

その日の深夜。


次にイブが気づくと、どこか薄暗い部屋の中にいた。

いろいろな物が置いてあるところを見ると・・・ここは物置(?)らしい。

少なくとも、自分の家の物置ではないようである。


「・・・ケホッ、ケホッ・・・」


意識を取り戻した途端、気管に何か違和感を感じて咳き込むイブ。


「んあ・・・血・・・?」


周囲が暗くてよく見えなかったが、喉から出てきた痰が少し黒っぽかった。

どうやら喉を痛めて、軽く出血していたようである。


そんな血を見て、ぼんやりとしていたイブの頭が徐々に・・・いや、一気に回り始めた。


「・・・!」


家で食事の片付けをしていたら、見知らぬ男性たちに襲われ・・・そして意識を失った。


それを思い出した途端、顔から血の気が引き、手先が震え、唇の感触が無くなり・・・父親が亡くなったという話を聞いた時ですら、我慢して流さなかったはずの涙が・・・眼から零れてきた・・・。


「んぐっ・・・!」


音が漏れないように、嗚咽を必死に飲み込もうとするイブ。

だが、どうやら悪夢は、まだ終わっていないらしい。


彼女は、恐怖に飲み込まれそうになりながらも、文字通り必死になって、どうにか逃げ出す方法が無いかを探し始める。

すると、徐々に部屋の中の状況が明らかになってきた・・・。


「ぐすっ・・・」

「ママぁ・・・」

「おなかへった・・・」


部屋の中には、他にもイブと年齢の近い20人ほどの子どもたちが、鍵のついた革製の首輪のようなものを付けられ、鎖でで地面へと(くく)りつけられて監禁されていたのである。

身なりがあまり綺麗でないところを見ると、彼らは恐らく、親を失って街の中を彷徨っていた孤児たちの一部ではないだろうか。


「・・・!」


そんな子どもたちの様子に、イブはハッとした。


「違う・・・」


・・・彼女は、そんな子どもたちと同じように、ただ自分の不幸を嘆くだけの存在にはなりたくなかった。

ゆえに、1ヶ月前に父親が亡くなった時も、涙を流さなかったのである。

だが、恐怖に震え、涙と鼻水を垂らす今の自分の姿と、目の前で同じようにして(うずくま)っている子どもたちと、一体、何が違うというのか・・・。


「(・・・そうだった!とーちゃんが死んだ時、大人になるって決めたんだ!)」


イブがそれに気づくと、温度を失っていた手足の感覚が、次第に戻り始めた。


「(よしっ!絶対、逃げ出してやるんだから!)」


自分を完全に取り戻した彼女の、それからの行動は早かった。


「(まずは、気づかれないように・・・)」


屋根の補修の際、余ったために仕舞い込んでいた釘をズボンのポケットから取り出すと、イブは自分の首にも付けられていた首輪に手をやった。

そして、壁ギリギリまで後退してから、誰か来た時でもすぐには見つからない後ろ側の部分に、少しずつ傷を加えていく。

その間、部屋の入口が1つしか無いことを確認して、今のうちから扉が開かなくなるように(つっか)え棒の代わりになるものがないかを探し、目星を付けた。


そんな様子で、幼いながらも、次々に脱出の手段を考えていくイブ。

どうやら、親譲りの状況分析能力を持っているらしい。


さて。

ここまでは良いとしよう。

脱出のための残る問題は、入り口が1つしか無いのに、どうやって外に出るか、である。


「(他に通れそうな場所は・・・)」


彼女の眼から見える範囲では・・・少し高い位置にある、鉄格子のかかった窓。

コンコンとノックすると、意外に薄そうだった木製の床。

壁は・・・レンガよりも少し大きめの石材が積み重ねられてできていたので、直接壊すことは難しそうだが、下の石を抜いてしまえば、崩すことは比較的簡単だろうか。


「(・・・床を抜いたとしても、ここが2階の部屋だったら、怖い人達の真ん中に降りなきゃならなくるかもだし・・・皆で協力して窓に登れたとしても、あの檻が壊せなきゃ外に出れないかもだし・・・っていうか落ちたら痛いし・・・)」


そんなことを考えながら、昼間のことを思い出したのか、思わず、今も痛むお尻と大切な尻尾に手をやるイブ。


「(あとは、この壁をどうにかするしかないかなぁ・・・)」


外にいるかもしれない大人達に聞かれないよう、更には周りの子どもたちにすらバレないように、彼女は脱出の計画を練っていった。

そんな時、ふと、とあるイラッとする者の顔が脳裏に浮かんでくる。


「(ワルツ様・・・何で今更、思い出したんだろ・・・)」


自分を見捨てた挙句、助けて、と心の中で叫んでも、自分の危機にやって来なかったワルツである。

イブの中では、あまり思い出したくない人物ワースト5に入っていると言えるだろう。


だが、自分と周りの子どもたちが置かれた状況、そして今、自分がやろうとしていることを考えた時、イブはどうして彼女の顔が急に浮かんできたのかに気がついた。


「(・・・あ・・・誰にも気づかれずに、みんなのために行動するって、こういうことだったんだ・・・)」


巨大生物が倒された際には、隣りにいたルシアだけが目立って、実際に街を守っていたワルツのことなど、誰も気づかなかったことを思い出すイブ。

そんなワルツの『誰にも()()()()()()行動』が、今の自分に重なって見えたようである。


「(・・・なら、私を突き離そうとしたことにも何か理由が・・・)」


そんな事を考えた時であった。


ビリッ・・・という感覚が、彼女の手に伝わってくる。

どうやら、首輪が千切れたらしい。


「・・・!」


鎖から開放された彼女は、一目散に、眼をつけていた支え棒に向かって走り、それを入り口の扉へと可能な限り静かに設置した。

これで、大人たちがこの部屋に入ってくるまでの時間を稼げることだろう。


そして彼女は、あまり大きくない声で、部屋の中にいた子どもたちに向かって声を上げた。


「みんな!ここから脱出するから、これで首輪を切って!」


そう言うと、部屋の中にあった荷物の中から見つけた、(のこ)やノミを他の子どもたちに配るイブ。


それを配り終えた後で、彼女の戦いの第2ラウンドが始まった。


「ん゛ーーー!!」


石の壁の下の部分を火魔法で加熱し始めたのである。

そして、しばらく温まってから、


「ぬぬぬぬ・・・!!」


今度は氷魔法を使って冷却を始めた。

すると、


パキッ・・・


熱による急激な膨張と収縮を受けた石に小さいながらもヒビが入った。

どうやら、熱いお湯を掛けたコップに対して、すぐに冷たい水を掛けたら割れてしまった、という経験を思い出したらしい。


「こ、これなら・・・」


イブが一喜一憂した・・・そんな時、


ガタン!!


乱暴にドアを揺する音が聞こえてきた。


『開かないぞ?中から閉まってる・・・?おい、開けろ!ガキども!』


魔法を使ったせいか、外にいた大人たちに異変が知れ渡ってしまったようである。


「っ!ま、魔法の使える人は手伝って!使えない人は、まだ首輪の取れない人を助けてあげて!」


そう声を上げながらも、手を休めず、必死に火魔法と氷魔法の行使を続けるイブ。

すると、


「わたしも手伝う!」

「僕も!」


子どもたちからも声が上がった。


もしも大人たちが来たなら、どんな乱暴をされるか分からない・・・。

そんな恐怖が目の前にあるというのに、それに飲み込まれること無く、諦めていないイブの姿に感化されたのか・・・ただ見ているだけしか出来なかった子どもたちが、彼女に加勢を始めたのだ。


「私の合図に合わせて、火魔法と氷魔法を交互に掛けて!」


「うん」

「分かった」


そしてイブだけでは足りなかったチカラが加わることで・・・


バキン!


石が大きく爆ぜて、向こう側の景色が顕になった。


「後は、この積み重なっている石を崩せば・・・」


だが、イブは直ぐに崩そうとはしなかった。

体当たりで壊すと、頭の上から崩れた壁が降ってくる可能性があったのである。

なので、何か、破城槌(はじょうつい)のように、身体の代わりにぶつけることのできる物を探す必要があったのだが・・・それについては近くにあった戸棚を代用しようと彼女は考えていた。


そのためには、準備を含めて、壁を壊すまでに少々時間が必要であったが・・・入口を壊そうとしていた大人たちが、部屋の中に入ってくるにはそれ以上に時間がかかりそうであった。

どうやらイブが設置した支え棒(鉱石採掘用ピッケル)は、見た目以上に固かったらしい。


「うん、行けるっ!」


作戦の成功を確信するイブ。


・・・だが、彼女には、2()()考慮していないことがあった。


ブンッ!


「何をしている・・・?」


『えっ・・・』


・・・まず1つは、大人たちの中に、転移魔法を使える者がいた場合である。


『っ・・・!?』


ガタン・・・


突然現れた男性に、再び恐怖の色を浮かべる子どもたち。

中には、尻もちをついたり、壁にぶつかるまで後ずさる者までいた。


「逃げようとしていたのか・・・。無駄なことを・・・」


子どもたちが開けた穴に気付いて、そう口にする男性。

黒いローブを頭から被った彼は、徐ろに部屋の入り口へと近づくと、扉を抑えていた支え棒を外した。


・・・その途端、


バァンッ!!


大人たちが数人流れ込んでくる。


「・・・!これはカペラ様・・・お手数をおかけしやす!」


中にいた男性を見た途端、乱暴な口調で声を上げていただろう先頭の男の喋り方が、随分丁寧な口調へと変わる。


「ふむ・・・まぁいい。・・・今後は無駄な気を起して、逃げ出そうなんて考えないことだな」


子どもたちに向かってそれだけ言うと、外に出ていこうとするカペラと呼ばれた男。

だが、何を思ったのか、急に立ち止まって後ろを振り向くと、子供の一人に視線を向けた。

・・・イブである。


「・・・あいつの娘か・・・。丁度いい、来い」


そう言うと、無造作にイブの髪の毛を掴んで、引っ張っていこうとするカペラ。


同時に、他の男達も、部屋の中にいた子どもたちを取り押さえようと、一気に部屋の中へと流れ込んだ・・・。




さて。

イブが考慮していなかったことの2つ目について、である。

・・・それは、先頭を切って入ってきた男性が、部屋の壁に開いた穴から、死に物狂いで逃げ出そうとしていた子供を引っ張り上げようとした、そんな時に起った。


ブン・・・


「えっ・・・?」


何か低い音が耳元をかすめていったと同時に・・・世界が歪んでいく。

次の瞬間、


ドシャッ!!


・・・男性の身体が真ん中から真っ二つになって、血液が()ぜた。


『・・・』


そんな光景が全く理解できず、立ちすくむ大人たち・・・そして子どもたち。


一応、言っておくが、男性がスライムで出来ていたわけでも、細胞分裂によって増殖したわけでもない。

・・・何かとてつもなく鋭利なもので一瞬にして斬られたのである。


そして、


ブンブンブンブン・・・・


そんな低い音が、部屋の壁から鳴り響いたかと思うと、


ガラガラガラガラ・・・


部屋の壁が粉々になって、外側へと()()()()()()()


そして、外に立っていたのは・・・


「・・・わ、ワルツ様・・・!」


・・・まるで黒い木の枝のような何かを持った、真っ赤な二重の虹彩を持つ、真っ黒な髪の少女であった。


イブが彼女の姿を見て声を上げた次の瞬間には、


ブシャァッ!!


部屋にいた男たちが軒並み、2cm角の肉塊へと代わり、直ぐに真っ黒に変わって、宙へと消えていった。

・・・ただ一人を除いて、だが。


「・・・空間制御魔法・・・」


「・・・ご明察だ」


自分の()()が届かなかったこと眉を(ひそ)めながら、ワルツがその可能性として思いつく魔法の名前を口にすると、イブの髪を掴んだままのカペラが肯定した。


「ふむ・・・まさか、こんなところで魔神と出会(でくわ)すとは思ってもみなかったが・・・いや、あいつが黙っていただけか・・・まぁいい」


それだけ言うと、カペラはワルツに背を向けて呟いた。


「・・・さらばだ」


「っ・・・!」


ブンッ・・・


どうにか捕まえようと、カペラに向かって『様々な種類の手』を伸ばそうとするワルツだったが・・・空間制御魔法が行使されていたためか、視界に見えていた彼らの位置と、実際の位置が異なるらしく、空振りに終わってしまう。


・・・その結果、イブはカペラに連れ去られてしまったのであった。




「・・・・・・はぁ・・・」


2人が忽然(こつぜん)と姿を消した場所まで来ると、目を瞑って、深呼吸をするワルツ。

そうでもしないと、やり場のない怒りを抑えられなかったのである。


「・・・うまくいかないわね・・・転移魔法防止結界とか使えればよかったんだけど・・・」


そしてさらに感情が一周回って、泣きそうな表情を浮かべた辺りで、目の前で放心している子どもたちをどうにかしなくてはならないことに気づく。


「・・・直接ユキに頼んだら、流石にこの子たちを保護してくれるわよね・・・」


そんな事を呟いたワルツは、元の姿に戻ると、子どもたちを連れて、王城へと戻ることにした。


・・・その際、彼女が一度も笑みを見せなかったのは・・・目尻に涙を貯めつつも、嬉しそうな笑みを浮かべていたイブの表情が、脳裏から離れなかったから・・・だろうか。

なんか、子どもたちがPTSDになってしまいそうのじゃ・・・。


ところでじゃ。

眼を覚ましたイブ嬢の話を書いておる間、どこかの物語で、『まるで実際に体験したことがあるみたいだ・・・』的なことを誰かが言っておったのを思い出しておったのじゃ・・・。

もちろん、妾にそんな経験は無いのじゃが・・・強いて言うなれば、ルシア嬢に賞味期限切れの(さば)を食べさせられた時・・・あの時がこんな感じじゃったかのう・・・。

・・・詳しい症状は、サバ+ヒスタミンで検索なのじゃ!


それはそうと・・・。

・・・もしかして、日本全国的に、てるてる坊主を逆さに吊るすのがブームになっておったりするのじゃろうか・・・?


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