14.15-05 盗難5
ブゥン……
転移魔法陣による数千キロメートルの跳躍が、一瞬で完了する。時間にして1秒も掛かっていない。ほんの一瞬だ。
しかし、周囲を包み込む空気の気配は、レストフェン大公国の学院とはまるで異なり、酷くひんやりとしており——、
ビュォォォォ……
——風も強かったようだ。それもそのはず。一行がやってきたのは、ミッドエデン首都にある地上300メートルを誇る王城代替施設の屋上なのだから。
そこには偶然というべきか、エネルギアやストレンジアといった巨大空中戦艦たちは停泊していなかった。偶然、出回っているだけなのか、それとも誰かの指示で出払うことを強いられたのか……。理由は定かでないが、王城代替施設の屋上から上には、真っ暗な夜空が広がっているだけだった。
そう、真っ黒な空だ。この時間であれば、大きな月が煌々と輝いているはずだというのに、だ。
レストフェン大公国と比較して、ミッドエデンが東側に位置していた。そのために、数時間ほどの時差が生じていて、レストフェンではまだ昼間であっても、ミッドエデンでは夜。しかし、空では大きな月が辺りを照らし出しているはずだった。
ところがなぜか、その月が空にそこに浮かんでいなかったのだ。月が沈む夜半を過ぎていたわけではない。もちろん、月そのものが消えていたわけでもない。大きな月を隠すようにして、何か黒い物体が空に浮かんでいたのである。
夜空に浮かぶ真っ黒な月——いやむしろ、UFOというべきか。そんなものが、転移魔法陣で跳躍してきたワルツたちを出迎えたのである。
「なん……ですか……あれ……」
アステリアは、獣の習性ゆえか、いち早く空に浮かぶ黒い何かに気付いて、後ずさりながら獣耳を畳み、尻尾を股に挟んだ。
「ちょっ……何あれ……」
マリアンヌも思わず身構えて、一歩に歩と後ろに下がった。魔女として豊富な知識を持つ彼女でも、その黒い物体が何なのか見当が付かなかったのだ。
一方で怯まなかったのは、ワルツやルシアたちだ。彼女たちはその存在を見たことがあったのである。
中でもワルツは、険しい表情を浮かべていた。
「テンポ……。貴女、遂に自分の機動装甲を完成させたのね……」
空に浮かぶ黒い球体の正体。それは、本来、この世界にも、あるいは地球にもあるはずのないもの。
『……えぇ。思ったよりも長い時間が掛かってしまいましたが、ようやく納得のいくものが完成しましたよ。お姉様』
テンポが駆る機械仕掛けの黒い月。それは、彼女が自身で造り上げた機動装甲だった。
正確に言うなら、彼女だけで造り上げたものではない。彼女は殆ど、王都にはおらず、侵攻して制圧したエクレリアの治安維持に注力していたからだ。いくら高速思考空間を駆使できるホムンクルスだとしても、ゼロから機動装甲を造り上げる時間は無い。
ゆえに、彼女はむしろ、テストパイロットだった。そして実際にテンポの機動装甲を造り上げたのは——、
「コルテックス……いや、他のみんなで作った訳ね……」
——テンポを除いた3人の弟妹たち。アトラスやストレラ、それにコルテックスが皆で協力して、テンポのための機動装甲を造り上げたのである。
「で、そんなものをここで持ち出してきて、何をするつもりかしら?」
ワルツは怪訝そうに問いかけた。すると、テンポからも返答が返ってくる。
『もちろん、姉妹げんかですよ。お姉様。これから先のお姉様の私たちに対する扱いを改めさせていただきます。力尽くで』
どうやらテンポは、ワルツと一戦を交えるつもりらしい。よほど、腹に据えかねる何かを抱えているのだろう。
対するワルツは、現状、機動装甲を持たず、丸腰と言える状況だったので、もしもテンポの機動装甲が本当に完成品だとするなら、勝てる見込みはかなり低いと言えた。それに、テンポには悪いことをしたと後悔もしていたので、妹からの苦情の一つくらいなら聞いてもいいかと思っていたようである。
……ただし。この瞬間までは、の話だが。
「——それは妾に言っておるのかの?テンポよ」ゴゴゴゴゴ
某人物の普段よりも低い声がその場に響き渡る。小さいはずのその声は、風が強いはずの屋上でも不思議と響き渡り、辺りの気温もより一層下がったかのように感じられた。
『いえ、テレサ。貴女は関係n——』
関係無い……。そう言おうとしたテンポに対し、テレサは激怒した。
「妾のマークツーを盗んでおいて何を言う!この恨み、相応の報いを受けてもらうのじゃ!」
「『は?』」
ワルツとテンポは唖然とした。まさか、テレサが激怒するとは思っていなかったからだ。しかも——、
「ア嬢、少しばかり、魔力をもらうのじゃ」
「もう……仕方ないなぁ」
——ルシアがテレサに味方をするという予想外の展開。ワルツはもちろんのこと、機動装甲を駆っていたはずのテンポも、思わず閉口する。
しかし、テンポが慌てる事は無かった。ルシアが手を出すというのならまだしも、テレサだけが手を出すというのなら、特に問題が起こるとは思えなかったのだ。彼女は所詮、身体が半分機械化しただけのただの狐娘。絶対的な力を持つ機動装甲相手に、何が出来るのか……。そう高をくくっていたのだ。
ゆえに、次の瞬間、彼女の機動装甲を襲った現象に、テンポは言葉を失うことになる。
『Disassembling!』
ミシミシミシ……ガラガラガラ!!
完全な球体だったはずの機動装甲が、風に吹き飛ぶ塵のようにバラバラに分解を始めたのだ。




