14.15-02 盗難2
ワルツは口に出さずに悩んだ。転移魔法陣を多用しすぎて、誰かに転写されるなどとは考えていなかったのだ。
元々、ワルツ自身も、敵国のエクレリアの人々が使っていた転移魔法陣を模写して使い始めたのが、転移魔法陣を使い始めたきっかけだった。そのため、それほど機密性が高い魔法陣だとは思わなかったのである。しかも、魔法陣を書くには、極めて高価なオリハルコンが必要になるので、なおさら、転写される可能性については考慮に入れていなかったのだ。
ゆえに、彼女は気付く。
「(あ、そっか。何も、魔法陣を書くのに、絶対にオリハルコン粉末を使わなきゃダメってことはないのか……)」
オリハルコン以外にも、魔法陣を書くためのインクは存在するのではないか……。今まで、魔法陣のインクと言えば、オリハルコンのインクが必須だと思っていたワルツの頭の中に、初めて別の素材を使ったインクの存在が浮かび上がってくる。
「(これ、思っている以上にヤバいことなんじゃ……)」
転移魔法陣は、ミッドエデンがある大陸においても、ある種のオーバーテクノロジーと言える代物だった。そんなものが、誰でも使えるようになってしまうと、この大陸の治安は、かつて無いほどに最悪なものとなる可能性が否定できなかった。転移魔法が誰でも使えるようになるということは、つまり、盗難、誘拐が誰でもできるようになるということなのだ。ワルツが頭の中で、ヤバいヤバいと連呼するのも当然だと言えるだろう。
結果。
「……うん。私は何も知らなかったことにするわね」
ワルツは現実逃避を始めることにしたようだ。
しかし、当然、テレサは、それで納得できるわけがなかった。
「えっ……妾のマークツーは?!」
どうやら、相当な力作だったらしく、無かった事には出来なかったらしい。
対するワルツは「はぁ」と脱力したように溜息を吐いて、犯人を見つける事にしたようである。
「ポテンティア。テレサのマークツーだか何だかっていう作品がどこに行ったか分からない?」
『……分体たちに探させていますが、今のところ見つかっていません。分体たちの勢力圏範囲外に転移したのか、それとも分体たちが入れないような密閉空間に転移したのか……』
「ふーん。意外に、転移をミスって、地面や壁の中にめり込んでいたりしてね?」
「のぉぉぉっ?!」
ワルツの言葉に、テレサは絶望した。もしも転移魔法陣が転移を失敗して、彼女の作品を地中などに転移させてしまった場合、彼女のの作業時間(3時間)は水の泡と化すかも知れないのだ。
テレサが頭を抱えて悶えている反面、ワルツは内心で少しだけ安堵していた。というのも、彼女がこれまでに書いてきた転移魔法陣は、超長距離の転移魔法陣か、座標設定が特殊な転移魔法陣か、あるいは転移魔法陣として使っていない転移魔法陣かの3種類しかなく……。模写しただけではまともに使えないものしか無かったからだ。
「(本格的に悪用される前に犯人を捕まえないとね……。あと、模写が出来ないような工夫を取り入れる必要もあるか……)」
嘆くテレサを余所に、ワルツは冷静に事態への対応を考えた。
そして彼女は、ふと思い付く。
「そういえば、ポテンティア。貴方、マークツーとやらの下に出てきた転移魔法陣の形状を覚えていたりしない?」
転移魔法陣の形状さえ分かれば、どこで転移魔法陣が使われたのか、どんな特性の転移魔法陣なのか、そしてテレサの作品がどこに転移されたのかが分かると考えたのだ。
「(えっ……でも、遠隔で転移魔法陣が使われたとなると、転移魔法陣の仕組みを理解していて、ピンポイントでテレサの作品を転移させるように調整したってこと?いやいや、そんな馬鹿な……。それとも偶然?)」
適当に使えるほど転移魔法陣がシンプルではないことを知っていたワルツが、事態の奇妙さに頭を悩ませていると……。しばらく黙っていたポテンティア口を開いた。
『えぇ、分体たちの記憶を結合すれば、復元可能です』
どうやらワルツの考えていた逆探知とも言える作戦が、使えそうである。




