6中-05 雨の町並み-中編1
一人っ子的な記述を追加したのじゃ。
時間は、昼ころまで遡る。
雨が降りしきる街の中を、傘もささずに、行く宛もなく、さまよっている影がいくつかあった。
・・・今回の一件で、親を無くしてしまった子どもたちである。
彼らが親を失ってしまった原因は、スカー・ビクセンの襲撃が直接の原因・・・というわけではなかった。
そもそも、街に異常が起こった時点で、ボレアス政府は、転移魔法を使った市民の強制避難を行うのである。
このシステムにおいて、町の人々に被害が出ることは殆ど考えられないのだ。
しかし、全ての人間を助けることが出来る、というわけでもなかった。
今回の場合だと、スカー・ビクセンの中に最初から入り込んでいた研究者や冒険者、そして彼らに関係する人々などが、それに該当するだろう。
その他、街の防衛に参加した兵士達も、暴れるスカー・ビクセンを抑えるために、第一線で戦わなくてはならなかったため、少なくない人数がこの世を去っていたのである。
そしてイブの親もその中の1人であった。
とはいえ、彼女の父が亡くなったのは、もう1ヶ月以上前の事だったのだが。
・・・そう、彼女の父は、スカー・ビクセンに飲み込まれてしまった研究者の一人だったのである。
それも、一番最初の犠牲者として・・・。
一方、彼女の母は、彼女を生んでから直ぐに他界していた。
要するに、彼女の家庭は父子家庭だったのである。
そして父親を失ってしまった今、兄弟もいなく、親戚付き合いもない彼女は、天涯孤独の身になってしまっていたのである。
とは言え、他の孤児たちとは違って、彼女には帰る場所があったのだが。
「ただいまー」
既に父が亡くなってから時間が経って慣れしまっていたためか、そんな明るい声を上げてイブが戻ってきたのは、プロティー・ビクセン市内にある・・・誰も居ない真っ暗な家だった。
・・・いや、正しくは真っ暗、というわけではない。
「がーん・・・家に帰ってきたら天井に穴空いてた!」
・・・どうやらワルツ達が排除しきれなかった石塊があったらしく、家の天井には大きな穴が開いていて、そこから外の光とともに雨水が入ってきていた。
食卓を潰すような形で、石塊が床にめり込んでいたので、これが空から落ちてきた、ということなのだろう。
「えっと、とーちゃんの工具セットは・・・あ、あった!」
収納棚の中に仕舞い込んでいた金槌と釘の入った工具袋を手にしたイブは、自作のポンチョを被ると、未だ雨の振り続けている外へと出て、屋根に上るためのハシゴを掛けた。
そして家の影から適当な木の端材を見つけて肩に担ぐと、徐ろにハシゴを昇って、屋根の穴の開いた部分までやってくる。
「んー、少し滑りやすいなぁ・・・きーつけないとっ」
そう言いながら、慣れた手つきで、屋根の穴の修復を始めるイブ。
それから5分ほど作業を続けると、下手な修復になってしまったものの、どうにか雨漏りを止める程度の簡単な応急処置を終えたようである。
「うん!これでよしっと!」
そして屋根を降りて戻ろうとするイブ。
・・・その際、
ズルッ・・・
「う、うわぁぁぁ・・・!!」
ドシン!!
・・・気をつけているつもりだったが、雨で濡れた木造の屋根は思いの外滑りやすかったらしく、足を滑らせて地面へとお尻から落ちてしまった。
まぁ、1階建の平屋だったことと、墜ちた場所に木材の板が転がっていたことと、そして柔らかい尻尾がクッションになったこともあって、大事には至らなかったが・・・
「っ〜〜〜!!いだい!!」
それでも相当痛かったことに変わりは無かったようである。
そして、お尻と尻尾の痛みが引いた頃。
彼女は、父親の工具を持って家の中へと戻り、びしょ濡れになってしまった服を乾かした後で、石塊によって荒らされてしまった部屋の中の掃除を始めた。
そして床にめり込んでいた石塊を方付けようとするが・・・
「んもっ!!」
流石に、自分の体重よりも重い石塊を移動させることは、彼女には出来なかったようだ。
結局、彼女は、石塊を退けることあきらめ、代わりに、壊れてしまった食卓の台座の一部にすることにした。
一通り、掃除が終わった後、外が暗くなってきたので、部屋の中を照らすため、小さな火魔法でろうそくに火をつけるイブ。
そしてそれを、多少ぐらつく感じの残っている、即席の食卓の上に置いた。
とりあえず、机に物を強く打ち付けたりしないかぎり、倒れることは無さそうである。
「じゃーん!流石、私。頭が冴えてるー!」
そう言って、イブはろうそくに満面の笑みを浮かべた。
雨で濡れてしまった場所の近くにろうそくを置いておけば、直ぐに乾燥すると思ったらしい。
なお、彼女の家には暖房もあったのだが、どうして付けなかったのかについては、言うまでもないだろう。
・・・そう、都市部においては、薪も有料なのである。
その後、昼食を抜いていたイブは、家の中にあった材料を使って、少し早めの夕食作りにとりかかる。
「てあっ!」
バァンッ!
「とうっ!」
バァンッ!
・・・なにやら賑やかだが、別に暴れているわけではない。
小麦を捏ねていたのである。
どうやら夕食の献立はパン・・・ではなく、うどんらしい・・・。
「んしょっ・・・んしょっ・・・」
塩と水を加えてよく捏ねた生地を、キレの悪い包丁で切っていく。
そのせいなのか、あるいは彼女の性格的な問題なのか・・・縦方向にも横方向にもきしめん並みの太さで、しかも一定の太さではなく、その一部は生地の塊そのものであった・・・。
そしてその麺(?)を、
「ん゛ー・・・」
グツグツグツ・・・
火魔法で加熱したお湯の入った鍋に投入する。
そして暫くの間、イブは火魔法を使って加熱を続けた。
「ん゛ー・・・つ・・・疲れる・・・だけど我慢!」
・・・そして、5分程頑張って・・・
「はぁ・・・もう、こんなもんでいいかな・・・」
体力の限界を迎えた・・・。
今度はそれのお湯を切って、水で洗う。
「〜〜〜♪」
そして、それに少量の塩を加えれば・・・
「完成!」
・・・イブ風うどんの出来上がりだ・・・。
なお、食感や味の方は・・・
「ずるずるずるずる・・・ごくん」
・・・喉ごしを優先するイブにとって、全く問題はなかったようである。
「ぐふぅ・・・お腹いっぱい・・・」
傍から見ると、満足そうなイブだったが・・・
「おいしかったなぁ・・・みんなで食べた食事・・・」
昨日食べた夕食と、今朝食べた朝食のことを思い出したのか、そんなことを呟いた。
やはり、王城での食事の味は忘れられなかったらしい。
・・・むしろ、食事自体の味ではなく、皆で机を囲んで食べた『空気の味』と言うべきか・・・。
「まったくー、なんでこんなイタイケな少女を放り出す真似をするのかなー、ワルツ様は!」
そして、ぷはぁ・・・とコップに入った水を一気飲みした後に、溜息を吐くイブ。
そんな悪態を吐きながら、食べ終わった食器を台所へと戻した。
・・・そんな時であった。
バァン!!
突然、家の入り口を乱暴に開ける音が聞こえてくる。
それと同時に、
「ここで合ってるのか?」
「あぁ、間違いない」
そんな男性特有の低い声が聞こえてくる・・・。
「んあ?!」
そんな突然家に押し入ってきた男たちに、身体が硬直してしまい、身動ぎひとつ出来ないイブ。
「ん?あぁ、あいつの娘か」
「丁度いい。捕まえろ」
「指図すんなよ・・・」
ドカッ!ドンッ!ガタン!!
逃げるわけでもないイブを捕まえようと、折角彼女が直した食卓を倒しながら、一人の男が強引に家の中を進み・・・
ガバッ
「・・・!!」
彼女の口に、雨で濡れたためか、湿っていた布を当てがった。
「〜〜〜!!」
必死に藻掻くイブ。
「こいつ・・・暴れるな!」
それでもイブは暴れ続けた・・・。
何故なら、
「(い、息が出来ないっ・・・!)」
男性の腕力によってあてがわれた湿った布越しに、呼吸が出来なかったのだ。
次第に景色が暗くなって意識が遠のいてゆく・・・。
「(わるつさま・・・たす・・・け・・・)」
意識を失う間際、外に見えた真っ赤な夕日に、同じ色をしたワルツの瞳を思い出したイブ。
そして彼女の意識は・・・完全に闇の中へと吸い込まれていった・・・。
ゴォォォォ・・・!!
この日、プロティー・ビクセンでは、1軒の全焼火災があった。
そんな火災を誰も消そうとしなかったのは、皆が自分の家の修復で忙しかったためか、再び降り始めた雨で勝手に消えると思っていたのか・・・あるいは、その家が、全ての元凶となった研究者が住んでいた家だと皆が知っていたからなのか・・・。
ただ、市民の噂によると、単なる全焼火災では無かったらしい。
その家に住んでいた少女が焼死したとか、誘拐されたとか。
あるいは、不自然な燃え方をして一気に崩れた後、直ぐに鎮火したとか。
そして一番多かった噂は、燃え盛る家の中で、薄っすらと浮かぶ少女と巨人が、じっと立ち尽くしていた・・・という話だろうか・・・。
実際のところ、市民たちが消火活動を行わなかったのは、そんな怪しい影が炎の中に見え隠れしていたからだったりする・・・という冗談を言ってみるのじゃ。
さてと、主殿ー!早めに書き終わったから流れ星を見に行こうなのじゃー!
ん?仕事があって無理?
ならルシア嬢と一緒に行ってくるから車の鍵をよこせーなのじゃ!
え?運転免許取ってこい?その前に、住民票をどうにかしろ?
・・・全く・・・日本という国は住みにくいのじゃ・・・。
ところで主殿?
その肩に担いだバスタオルは何に使うものなのじゃ?




