14.14-37 仕上げ37
ワルツから見て、クラスの中は安定しているかのように思えていたが、当然、そんな事は無く、薄氷の上に重い分銅を置くかのように、特別教室の学生たちが見せていた安定は酷く脆いものだった。
カタンッ!
「んひっ?!」
「し、失礼……」
床に筆記用具が落ちるだけで、ビクリとする始末である。
しかし、それも仕方ないと言えよう。何しろ、正体がケルベロスの3姉妹が——、
「「「…………」」」ニコニコ
——学生たちに交じって、授業を受けようとしており、ほんの数メートル横に座っているからだ。繰り返しになるが、この大陸において、魔物とは極めて強い存在。特にケルベロスのような希少で詳細の分からない魔物は、上級の冒険者たちが寄って集って討伐しようとしたとしても、倒せるかどうかすら分からないほどの強力な魔物である。そんな魔物が子どもの見た目で近くに座っているのだから、異様な空気が教室の中を包み込んでしまったとしても、仕方がないと言えるだろう。
とはいえ、一応、クラスの中は安定していると言えたので、午前中の授業が始まった。授業参観のように、ストレラとコルテックスが見ていようとも関係無く、今日もワルツたちの伐採作業が最初の授業だ。
が、今日はいきなり作業を始めるようなことは無かった。伐採から輸送、販売まで、大木を処分するための一通りの流れが確立出来たので、ワルツは作業の前に、ブリーフィングを行うことにしたのだ。効率的に作業を進めるには、分担して行う必要があるからだ。
というわけで、教壇に立っていたのは、ニコニコとしながらユラユラと揺れるハイスピア——ではなく、ワルツである。
「さて……昨日までは、伐採、乾燥、輸送、販売まで、一通り伐採作業を行った訳だけど、今日からはローテンションを組んで、みんなで分かれて作業をするわ?あ、販売については知らない人もいるだろうから説明するけど、まぁまぁ良い価格で買い取ってくれる業者を公都で見つけたのよ。だから、販売も書かせてもらったわ?」
とワルツが口にしながら黒板に4つの行程を記したところで、すっかりABC姉妹の存在になれていたミレニアが質問する。
「ワルツさん。製材はどうされるのですか?丸太のままで販売されるのですか?」
対するワルツは首を横に振る。
「最初はみんなに製材もお願いしようかと思ったんだけど、製材の精度も販売価格に影響してくるから、今回は製材は全自動で行うつもりよ?」
「ぜ、全自動?」
「えぇ、全自動。昨日作った乾燥室の蓋を開ければ、分かるわ?」
いったいどういうことなのか……。ミレニアだけでなく、ルシアたちも含めて、全員が疑問の表情を浮かべた。誰一人として、ワルツが全自動製材マシンを作っている姿を見ていないからだ。
しかしどうやら準備は整っているらしい。そのためか、ワルツはそれ以上、製材について触れること無く、説明を続けた。
「とりあえず、4つある行程の内、販売については気にしなくても良いわ?向こうに運んで放っておけば、勝手に持って行ってくれるはずだから。みんなにやってもらいたいのは、前の3つの行程ね。まぁ、木自体も、グラウンドにたくさん積み上がっているから、正確には伐採じゃなくて、駅までの移動をやってもらいたい、と言った方が良いかしらね」
そう言って、黒板に書いていた【伐採】【乾燥】【輸送】【販売】の項目の内、【伐採】を【移動】に変えて、【販売】を棒線で消すワルツ。ゆえに、黒板に残っていた項目は【移動】【乾燥】【輸送】の3つになった。
「この3つのことを3グループに分かれてやってもらうわ?【移動】はグラウンドに積み上がっている木材を、この前、テレサが作っていた搬送用の重機を使って移動して、リフトを使って地下の駅まで下ろしてもらうって作業。【乾燥】は、地下まで運んだ木材を乾燥室に運び込んで、魔法陣に魔力を注ぎ込む作業。輸送は、乾燥の終わった木材を、昨日やったように公都まで運んで、水門を操作して、地上まで持ち上げる作業。ってわけで、まずは自己申告!これやりたいって人は挙手して」
とワルツが口にすると、クラスの半数以上の者たちが、一斉に手を挙げた。皆、やりたいことがあるらしい。
「じゃぁ、まず騎士科の人たちは?」
ワルツは、彼女から見て左の方に座っていた一団に質問した。すると——、
「「「輸送!」」」
——と皆の声が揃う。どうやら、騎士科の学生たちは、鉄道での輸送作業が気に入ったらしい。トンネルの中を高速で進む鉄道に興味を持ったのかも知れない。
それからワルツは、教室の真ん中に陣取っていた魔法科の学生たちに問いかけた。
「次は魔法科の人たちは?」
と聞くと——、
「「「乾燥!」」」
「「「魔法陣!」」」
——といったように、2種類の声が上がる。いずれにしても、乾燥の作業だが、皆、ワルツの魔法陣にかなりの興味を持った様子である。
そして最後。
「まぁ、あなたたちは木材の【移動】よね」
薬学科の双子も手を挙げていたのでワルツが問いかけると、2人ともコクリと頷いていた。伐採を行った際、木材を移動させていたのは専ら彼女たちだったので、継続してやりたかったようだ。
こうして作業メンバーは自ずと決まっていったわけだが——、
「さーて、じゃぁ、ポチたちはどうしようかしら?」
——最後にABC姉妹の名前が挙がった瞬間、再び教室の中が固まった。皆、ワルツがABC姉妹を作業に参加させるとは思っていなかったのである。




