14.14-25 仕上げ25
その様子は、レストフェン大公国中から見ることが出来たようだ。ただ、いい加減、何日も続いて同じような現象が続いていると、学生たちや教師たちの反応も、大分、落ち着いてきていて——、
「おー、今日もやってんなー」
「またやってんのかー」
「魔力が感じられないんだけど、どんな魔法を使っているのかしら?」
「俺もあのくらいの魔法を簡単に扱えるようになりたいぜ……」
——と、冷静に感想を口に出来る者も増えてきていたようである。
そんな中、未だ驚きが隠せなかったのは、学院長のマグネアだ。今日もワルツたちが魔法の実験をするのでは無いかと推測して、息抜きを兼ねて講義棟の屋上に来ていた彼女は、雲を割った後で空に現れた眩い光源に目を細める——どころか、目を剥いた。
「あれは光魔法……ではない?!」
魔法を専門に扱うマグネアには、空に浮かぶ光点が、光魔法ではないことを瞬時に見抜けたらしい。特に魔力がまったく感じられなかったことが決定的な証拠だった。
いや、正確にはまったく感じられないわけではなく、微少ながらも感じ取ってはいたようだ。しかし、その輝きの強さと感じられる魔力の強さが比例せず……。異様な強さで輝くその光点に、目を奪われてしまったのだ。主に興味を惹かれるという意味合いで。
いったいどんな原理で輝いているのか……。マグネアが、研究者らしく原理を考え込んでいるその側には、もう一人別の人物がいた。
彼女も空を見上げていたが、すぐに興味を失って、視線をマグネアへと下ろす。そう、自分よりも小さなマグネアへと。
そして彼女はこう言った。
「魔力を伴わない現象に興味は無いわ。差し詰め……あのワルツって娘がまたなにかやったんでしょう。ルシアって娘の魔法じゃないわ」
そのサッパリとした物言いに、マグネアが眉を顰める。
「万人が使える魔法の実現を目指すなら、魔法を殆ど伴わない特異な現象にも目を向けるべきです」
しかし、マグネアの言葉は、目の前の女性には届かない。
対する女性は、マグネアの意見を小さく鼻で笑うと、こう言い返した。
「それは母さんの考えであって、私の考えとは違うわ?莫大な魔力を緻密に制御出来れば、効率なんて余計な事は考える必要は無いもの。その文、魔法の制御を構築に集中すれば、この世のすべての理をねじ曲げて、欲しい結果を得ることだってできるはずだもの」
そこにいた女性は、マグネアの娘であり、そしてミレニアの母親であるミネルバだった。
魔力さえあれば、世界の理すらねじ曲げられるという彼女の意見は正しい。現に、ルシアは、魔力を使って重力に抗い、空を飛ぶことさえ出来るのである。その上、彼女が作った"アーティファクト"があれば、過去の時代に跳躍することも可能なのだ。いわゆる物理現象を"理"とするなら、魔法はそれを無視できる手段だと言えた。
ミネルバは、直接ルシアの魔法を見たわけではなかったが、娘のミレニアなどの話から、ルシアの魔法については知っていたようである。そんなミネルバは、自身の研究に、ルシアが持つ莫大な魔力を利用したくて仕方がなかったらしく、事あるごとに彼女に接触しようとしていたのである。ミネルバの理論が正しいとすれば、莫大な魔力を消費することで、彼女が目指すものを実現出来るかも知れないからだ。
だが、彼女は未だ1回たりとも、ルシアに接触することは出来なかった。なぜか、事あるごとに妨害が入り、接触する機会を失っていたのだ。
あるときは、急にワルツが早歩きになったり、あるときは、学院内に無いはずの壁が急に現れたり、またあるときは転移魔法でも使ったかのように突然ルシアたちが消えたり……。そして先日は、ミネルバが特別教室における魔法科の教師として内定していたというのに、とある人物に教師の座を横取りされてしまったほどである。どうやら、魔力を使わずに、"理"をねじ曲げられる者がいるらしい。まぁ、誰とは言わないが。
自分とルシアとの接触を妨害しようとしている"何者か"がいるのは明白……。ミネルバは、そんな確信を抱いて、苛立ちを感じていたいたようだ。
ゆえに、時折、学院長であり、母でもあるマグネアに対して、直談判をしていたのである。
「それはそうと、母さんだけズルのだけれど?」
ミネルバが話を変えるようにそう口にすると、マグネアの表情が一瞬だけ曇る。どうやら彼女は、ミネルバに隠していたことがあるらしい。
しかし、その表情も、次のミネルバの言葉でキレイに消え去る。
「特別授業をしたって言う話じゃない」
「……えぇ。騎士科の先生が、急な病で倒れて、授業が出来なくなりましたからね。その代役として、急遽、教壇に立っただけです」
「ズルい……ズルいわ!私だって、もっと近くであの娘の魔力を観察したいのに……」
ミネルバはそう言った後で、深く溜息を吐き、そして肩を竦めて、こう口にした。
「ミレニアもあのくらいの魔力が持てれば良かったのに……」
そんな母が娘について語る言葉として不適切と言える発言を口にするミネルバを前に、マグネアは眉を顰めるが、彼女はミネルバに対して何も言わなかった。マグネアは言えなかったのだ。彼女もまた、今のミネルバと同じような道を生きてきた人物なのだから……。
ミレニア:ワルツたちのクラスメイト。
ミネルバ:ミレニアの母で、魔法科の教師。
マグネア:ミレニアの祖母、ミネルバの母で、学院長。
……わかりにくいかも知れぬのじゃ……。




