14.14-22 仕上げ22
「因数分解って……何だ?」
「代数の四則演算……?」
「根?」
「うっ……世界が……世界が変わって見える……」
ワルツの強制学習を受けた特別教室の学生たちは、一言で表現するなら混乱した。最早、混乱という言葉が適切なのかどうかも不明だ。見える世界が一変したのだ。今まで小学校レベルの知識しか無かった彼らが、ほんの数分——いや数十秒で、中学校レベルの知識を得たのである。同じはずのものが違って見えるのも当然だと言えた。
そんな彼らに向かって、ワルツは質問を投げる。今度はどういうわけか恥ずかしくなかったらしい。
「底が10のときのlog100は?」
「「「2」」」
皆、躊躇無く、一斉に返答した。その返答を聞いたワルツは満足そうに笑みを浮かべると、黒板を消して、自席へと戻った。
その鮮やかな(?)手際を見送ったハイスピアが、どういうわけか誇らしげに授業を再開する。
「ワルツ先生、ありがとうございました!さぁ、皆さんでお復習いしましょう!」
ハイスピアは割り切って、黒板に例題を書き始める。その内容は、いま学生たちが覚えただろう数学の内容だ。もちろん、小学校レベルの内容ではなく、中学校修了レベルの内容を……。
◇
そして授業が終わった瞬間、申し合わせていたかのように、皆の視線がワルツの方を一斉に振り向く。いったいどういうことなのかと、皆がワルツを問い詰めようとしたのだ。
だが、その時点で、ワルツたちの姿は忽然と消えていた。転移魔法を使った形跡もなく、まるで最初からそこにいなかったかのように、一瞬でいなくなっていたのである。そもそも、学院内で不用意に魔法を使うことは禁止されているので、転移魔法を使って移動したのだとすれば、校則違反になるはずなのだ。
ゆえに、彼女たちが使ったのは、すぐに使用がバレる転移魔法ではなく別の魔法。バレなければ問題は無いのだ。
「……いつも妾のことを邪険に扱うというのに、こういう時だけ妾に頼むのはどうかと思うのじゃ」げっそり
魔法は魔法でも、ありとあらゆるものの隠蔽に特化した幻影魔法を使って、その場から姿だけを消したのだ。所謂、モーフィングである。ジッとワルツたちのことを注視していたとしても、ゆっくりと彼女たちの姿が消えていけば、その変化に気付くのは困難なのだ。
結果、その場にいながらも、透明になることで、クラスメイトたちの追求を逃れたワルツたちは、ソロリソロリと、その場から退散した。いまその場を逃げ出せたとしても、明日になってクラスメイトたちに見つかれば、質問攻めにされるのは確実。しかし、明日のことは明日考えるというスタンスらしい。まさに、その場しのぎ、である。
先陣を切って教室を出て行こうとするワルツの後ろで、ルシアたちは思った事を小声で口にする。
「(私もみんなに質問攻めにされるのは苦手だけど、ここで逃げてもあまり意味は無いんじゃないかなぁ、って思うんだけどなぁ……)」
「(それの?しかし、それがワルツの望みであるなら、妾は従うだけなのじゃ)」
「(ですね……。それはそうと、クラスメイトの皆さんは、思ったよりも勉強が進んでいなかったみたいですね?)」
「(あぁ……世界はこんなにも、数字に満ちあふれていたのですわね……)」
『(おっと。マリアンヌさんが壊れてしまったようです。変化が早すぎましたか……)』
そんな会話はワルツの耳にも入っていたはずだが、先頭を歩く彼女の歩行速度に変化はなく……。彼女はそそくさと教室を後にした。……そう、彼女には、やらなくてはならない事があったのだ。それも、何よりも優先して。
◇
というわけで、ワルツたちがやってきたのは、魔法の演習場——ではなく、今や、彼女たち専用の演習場と化している湖の畔だった。元は風光明媚な湖だったその場所は、一時期、ルシアの魔法によって荒廃した水たまりと化していたが、今では彼女の回復魔法の影響を受けて、何千何万年と人の手が入っていなさそうな深い森と化していた。
深くなりすぎた森の中に広がっていた湖は、絵画ですら表現出来ないような幻想さに包まれていたものの、生き物らしい生き物は1匹すら存在しなかったようだ。それには理由がある。生き物たちは気付いていたのだ。
その場が——、
「じゃぁ、次は、中級魔法と上級魔法の再現をするわよ!」
——とある強者たちの縄張りである事に。




