14.14-21 仕上げ21
「(なんかマリアンヌが滅茶苦茶キラキラした目でこっちを見ているような気が……まぁ、いいけど)」
ハイスピアが小テスト——とは名ばかりの、口頭で軽い質問を飛ばしている間、ワルツはワルツで、クラスの中の数学レベルを調べていたようである。後でハイスピアから丸投げされるのは明らかだったからだ。
ワルツの学習方法は、脳の記憶領域に強制的に数学の知識を植え付ける"強制学習"と呼ばれる方法を採っていた。ワルツが誕生した未来の世界では一般的となっている学習の方法だ。一見何の変哲も無い幾何学的な模様を見るだけで、そこに含まれている情報が、脳の記憶領域に書き込まれるという学習方法(?)で、学習レベルに個人差が生まれない事から、未来の世界の義務教育においては、必要不可欠な技術とされている。ただし、連続して使用すると脳に過大な負荷が掛かるので、短時間での大量学習を行うことは禁止されている方法でもあり、また、学習の結果に多様性が失われるので、学習方法として適切なのか、という議論は絶えなかったりする。
とはいえ、皆の学習レベルを底上げするというタスクを振られることになるだろうワルツにとっては関係の無い話で……。彼女はハイスピアのインタビュー(?)を聞いて、クラスメイトたちにとって最適な強制学習メニューを組み立てようとしていたようだ。もちろん、脳に過大な負荷が掛からない範囲で。
「ジャック君。9×9は?」
「81?」
「では、11×11は?」
「はっ?!2桁のかけ算?!しかも10×10じゃない?!」
「あ、はい。大体分かりました。次、ラリー君」
ハイスピアが次々に質問を飛ばしていく。それによると、大体の者たちは、九九や割り算がギリギリ出来るというレベルで、分数などを学んでいるのは、ミレニアなどの優等生(?)に限られることが分かってきた。
その進み具合に、ハイスピアはなぜか上機嫌で、時折、ワルツに向かって、チラリと視線を向けていたようである。他の学科の生徒たちと、自分が教えた(?)生徒たちとの間の学力の差に優越感を感じていたのか、あるいはワルツの強制学習法に期待を寄せていたのか……。理由は定かでないが、ワルツに期待していたのは間違い無さそうだ。
そして一通りの口頭でのテストを終えたところで、ハイスピアの視線が、ワルツへと固定された。暗に"本当の"授業を始めるよう催促しているらしい。
対するワルツは、あからさまに「はぁ」と溜息を吐きながら立ち上がると、黒板の前へと歩み出た。そんな彼女に、皆から疑問の視線が向けられて……。結果、ワルツは、顔を真っ赤にしながら黒板の方だけを向くことになる。静かな場で目立つのが恥ずかしかったのだ。
それでも彼女は黒板に、模様のようなものを書き込んでいく。両手と重力制御システムを使った10並列書き込みにより、ほぼ一瞬と言える時間で、必要な書き込みを終えてしまう。その直前、ワルツは黒板を向いたまま、ルシアたちに向かって言った。
「ルシアとアステリアとハイスピア先生は目を瞑っていてね?学習が終わっている人が見たら、頭が痛くなるだけだから」
「うん!」
「あ、はい」
「分かりました」
「えっ、妾は?」
「いや、貴女の場合、強制学習の効果、無いでしょ。っていうか、知っているからいらないでしょ。あとポテンティアも」
「……もうダメかも知れぬ……」げっそり
『仲間はずれは悲しいですが、効かないものは効かないので仕方ありませんねー』
「逆に、マリアンヌは、ちゃんと見ていなきゃダメよ?」
「えっ?」
「だって、貴女の場合、九九すらできないでしょ?」
「?!」びくぅ
そんなやり取りを交わしている内に、ワルツの強制学習の準備が整う。最後の線を引いた瞬間から、教室の中がざわめき始めた。
「な、何だこれは?!」
「あ、頭の中に数字が流れ込んでくる?!」
「こ、これは、す、数式……?!」
「あ、あ、あ……頭が良くなっていくぅぅぅ……気がする!」
「あぁ、残念だけど、頭は良くならないから」
「「「えっ」」」
飽くまで知識が身に付くだけ。頭の良さとは、手にした道具を上手く使うことにあるのだから、道具を得ただけでは頭が良くなるわけではないのだ。
次はそのことを教える必要があるのだろうか……。ワルツがそんな事を考えている内に、教室の中にいた学生たち全員が強制学習を終えて、中学校修了レベルの知識を身につけたようである。
この辺は、小枝殿の話と同じ技術を使っておるのじゃ。




