14.14-17 仕上げ17
ワルツが転移魔法陣を使って最初に再現した魔法は火魔法だった。いや、正確に言えば火魔法ではない。彼女が魔法陣を使って吹き出したのは、所謂"魔法"が発動する過程とはまったく異なる方法で作り出した、ただの炎だったからだ。
とはいえ、この世界のどこかにある炎を転移させたという単純な話ではなく……。なにやら裏があったようだ。
「さっき減圧室を作っていて気付いたんだけどさ……減圧室の中から一方的に空気を転移させれば、風が出てくる訳じゃない?空気の分子だけに限定して転移させるって方法で。それは空気の分子だけを選別するっていうルールを書いたわけなんだけど、実は、物体の運動の状態とかも、ある程度、イジることが出来るのよ。つまり、どこからでも良いけど空気を転移させつつ、空気分子の運動の状態——つまりブラウン運動の状態をイジって、超高温にすれば、空気を転移させるだけで炎が作れるんじゃないか、って思ったの。まぁ、炎と言っても、何かが燃えている訳じゃなくて、空気分子が超高温になって、プラズマ化してるだけなんだけどね?」
と、うんちくを話すワルツだったものの、理解出来た者は殆どいなかった。唯一、テレサくらいのものだ。しかし彼女も「うんうん、なるほど」と言うだけで、それ以上の事は言わなかった。もしかすると理解していないのかも知れない。
「ごめん、お姉ちゃん。よく分かんなかった」
ルシアが素直に吐露する。
「でしょうね……あ、もっと分かりやすい方法もあるわよ?」
ワルツはそう口にすると、魔法陣を書き換えて、再びアーティファクトを埋め込んだ。すると——、
ドゴォォォォッ!!
——と再び魔法陣から炎が吹き出す。
「今度は何?同じ……じゃないんだよね?」
「えぇ、今度はヒートポンプと似たような原理で、周囲の空気から熱だけを取り出したのよ。運動エネルギー自体も転移させられることは知っていたけれど、ブラウン運動のエネルギーだけ転移させられるとか、もっと早く気付けば良かったわ……」
「ごめん……お姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃんが何を言ってるのかよく分かんない……」
ルシアは必死に頭を働かせようとするも、ワルツの言葉は難しかったらしく、やはり理解出来なかったようだ。
とはいえ、完全に理解出来なかった、というわけではなく、半分くらいは分かったようだが。
「でも、周りから熱だけを転移させて炎を作れるんだ、って事は分かったよ?」
「あ、うん……。なんか、私が説明するより、ルシアが説明した方が分かりやすかったわね……」
「えっ?」
「あと、炎の他にも、水を作り出す方法も考えてあるのよ」
ワルツはそう言うと、直前と同じように魔法陣を書き換える。すると——、
ちょろちょろちょろ……
——とても水魔法とは思えない少量の水が魔法陣から流れ出てきた。とても清らかな水で、何か不純物が含まれている様子はない。
「これは?……あっ、もしかして、その辺の空気から水を集めてきたの?」
「正解!空に浮かんでいる雲や空気を集めて作ってみたわ?今日は晴れているから、殆ど、水が集められなかったけれど、嵐の日とかなら、ドバドバ出るんじゃないかしら?」
「ふーん……。今度は分かった」
と、納得げに頷くルシアや、ポカーンと口を開けたままのアステリアやマリアンヌ、あるいは興味深げに魔法陣を眺めるテレサやポテンティアの前で、ワルツによる魔法陣のデモンストレーションが続いていく。
土魔法もどきは、そのまま土を転移させるだけのもので、面白みも何も無いものだった。ただ、本物の土魔法自体が転移魔法とあまり変わりはないので、再現性はかなり高いと言えるかも知れない。
風魔法もどきも、減圧室を作成した際に再現済みなので、皆の驚きはない。光魔法もどきも、電子の運動を制御する——などと説明しても、当然皆には伝わる事は無く、ピカッと光る魔法陣を見せても、文字通りその場が白けるだけ……。闇魔法は見たことが無いので、ワルツには再現出来なかったようだ。
結果、ワルツの魔法のお披露目会は、最初の火魔法もどき以外、あまり面白みの無い散々なものになりそうだった。……ただし、一つの魔法を除いてだが。
「もう、ダメかも知れないわね……」げっそり
「それ妾のアイデンティティ……」げっそり
「まぁ、そんなことはどうでもいいのよ。最後。雷魔法の再現なんだけど……多分、これは、ヤバい奴だと思うから、みんな離れていた方が良いと思うわ?もう、ヤバい予感がプンプンと漂ってきているもの。むしろ、ビリビリと、って言うの?」
『「「「……えっ?」」」』
「ちょっ?!」
皆が呆ける中、テレサだけ慌てて縮まって両耳に手を当てた。その次の瞬間——、
ズドォォォォン!!
——ワルツの魔法陣そのものが閃光に包まれる。光魔法もどき以上の輝きだ。だが、もちろん、光魔法などではない。轟音と共にその場の空気を切り裂いて現れたのは、本来であれば空から降ってくるだろう無数の光の枝。即ち、本物の雷だった。それが魔法陣と"駅"の壁との間で生じたのだ。
その迫力を前に、普段から爆発現象や雷魔法になれているはずのルシアですら、思わず両耳を塞いでしまう。アステリアなどは、獣の本能からか、とても怯えて、尻尾を股に挟み込んで、蹲ってしまう始末。マリアンヌも恐怖を感じたのか、その場にしゃがみ込んだ。
そしてマイクロマシンの集合体であるポテンティアは——、
『 』
——パルス性の強大なノイズが生じたためか、身体を構成できずにバラバラになってしまったようである。
それほどまでに、ワルツの転移魔法陣を使った雷魔法もどきは、高出力なものだったのだ。
EMP Burst!




