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14.14-15 仕上げ15

「えっ……私?」


 ミレニアは戸惑い気味に確認した。なぜ自分が声を掛けられたのか分からなかったのだ。


「えっ……嫌なら別の人に頼むけれど……」


「いえ、嫌というわけではないですけど……」


 付き合いの浅い自分などよりも、もっと適役がいるのではないか……。そんな言葉がミレニアの喉元まで上がってきたようだが、結局、彼女はその言葉を口にはしなかった。今は一応、授業中。そしてワルツは、正式ではないものの、一応は教師役のような存在だったので、彼女の指示に従うことにしたらしい。ミレニアは戸惑いを見せつつも、前へと歩み出た。


 普段のミレニアなら、もっと積極的なはずだった。しかし、ルシアの圧倒的な魔力や、アステリアとマリアンヌの意味の分からない筋力、それに燃やされてもピンピンとしているテレサなどの姿を見ている内に、そこはかとない不安を感じていたらしい。ミレニアの頭の中では、自分は特殊な能力など一切持たない"一般人"だと思っていたからだ。


 そんな彼女の戸惑いを感じ取ったのか、それとも、彼女の反応が鈍さにヤキモキしたのか、ワルツがミレニアの手を引っ張る。


「大丈夫、大丈夫!ちょっと魔石に魔力を充填するだけよ?無理矢理魔力を持って行かれるようなこともない……はずだから、安心して?」


「("はず"って何?全然安心できないんだけど……)」


 と思いつつも、ミレニアはワルツに手を引かれていく。そして巨大な扉の前へと立たされて、そこで彼女は息を飲んだ。


 巨大な構造物というものは、その存在だけで、圧倒されるような迫力があって、ミレニアは思わず腰が抜けてしまいそうになる。しかも、目の前の装置は、原理不明の謎装置。これまでのワルツたちの行動を鑑みるなら、いきなり大きな音が鳴ったり、爆発するとも限らないのだ。ある程度、ワルツたちになれていたミレニアだからこそ、警戒してしまうのは仕方のない事だった。


 ゆえに、ミレニアはワルツに向かって問いかける。


「こ、これ、本当に、危なくないやつですよね?」


 対するワルツは、眉間に皺を寄せて、険しそうな表情を見せてから、コロッと表情を変えてこう言った。


「うん、大丈夫!」ニコッ


「(怖っ?!今の間、何?!)」


 ミレニアは内心泣きそうになる。考えれば考えるほど、自分が生け贄のように思えてきたらしい。


 しかし、彼女は特別教室の中ではリーダー的存在。今更後に引けるわけもなく、指示されるまま、魔法陣の真ん中に取り付けられた魔石に魔力を注ぎ込んだ。


 すると、ブワリと周囲に風が巻き起こる。突然の出来事に、ミレニアは思わず手を引いた。


「ッ?!」


 警戒していたためか、手を引いてしまったミレニアに対し、今度こそ純粋な微笑みを浮かべたワルツが、説明を始めた。


「まぁ、そんな警戒しなくても大丈夫よ?これは減圧装置。この中に木が入っているのは見たと思うけれど、中から空気を抜くのがこの魔法陣の機能よ?」


 ワルツのその説明でようやく警戒が解けたのか、ミレニアが安堵した様子で質問する。


「空気を抜くとどうなるんですか?」


「そっか……減圧したら何が起こるのか、習わないのか……」


「えっ?」


「じゃぁ、ちょっと実演」


 ワルツはそう口にすると両手を広げて、仰々しく何かを集めて圧縮していくようなジェスチャーをした。そう、ジェスチャーである。本来は必要のない行為だ。


「こう、空気を圧縮すると、空気の中に含まれていた水分やら色々なものが液体になるのよ」


 そんなワルツの言葉通り、何かを包み込むようなジェスチャーをしていた彼女の手の中には、どこからともなく現れた液体がフワフワと浮かんでいた。一見すると水だ。実際には、超重力によって圧縮された空気——つまり窒素や酸素であり、水分は殆ど含まれていなかったりする。


 しかし、その液体を水と言い張ると説明が楽だったためか、ワルツはその液体については詳しく言わず、水として扱うことにしたようだ。


「世の中にある水っていうのは、大気に圧縮されているから液体になっているのよ。あぁ、大気って言うのは、空気の事ね?普段、感じ取ることは出来ないけれど、今こうして生活している私たちの身体には、空気からものすごい圧力が掛かっているのよ。まぁ、信じられないだろうけれど」


「え、えぇ……俄には信じられないです……」


「まぁ、今はそれで良いわ?で、この液体が水だとして、この水の周りから空気を抜いたら……どうなると思う?こうなるのよ」


 と、ワルツが言った直後——、


   ブクブクブク!!


——液体状態の窒素や酸素が、ワルツの手の中で激しく沸騰し、蒸発を始めた。


「?!」


「これはデモンストレーションで、分かりやすく説明するものだから、実際にはもう少し穏やかな現象が起こるだろうけれど、この魔法陣に魔力を注ぎ込めば、扉の向こうで空気が抜き出されて、樹の中に染みこんだ水が凄まじい勢いで蒸発する、ってわけ」


「つまり……これは木を乾燥させる装置なのですか?!」


「正解よ?というわけで、この扉の向こう側から空気が全部抜けるまで魔力を注ぎ込んでね?」


 ワルツがそう口にすると、ミレニアは納得した様子で魔力を注ぎ込み始めた。すると、扉の魔法陣から風が吹き出して、扉内部の空気が抜け始める。


 ワルツが作成した扉の魔法陣は、扉内部の空気を外に転移させる効果を持っていて、学生たちが魔力を注ぎ込むことで、扉内部から次々と空気を排出し、木材を乾燥させることが出来るようになっていたのである。所謂、真空乾燥機だ。ワルツはこの真空乾燥機を複数作ることで、クラスメイトたち皆で分担しながら、木材を乾燥させようと考えていたのである。


あぁ……碌でもないことを思い付いてしまったのじゃ……。

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