14.14-12 仕上げ12
「「「ひぇぇぇぇえっ???!!!」」」
「遅い……遅いですわ!」
「えっ?そうですか?じゃぁ、もう少し力を——」
鉄道車両を使った帰り道は、マリアンヌとアステリアの2人が、どうしても、と言うので、2人だけで車両に取り付けられたペダルを漕ぐことになった。
そんな2人の申し出に、クラスメイトたちは、少し困惑したような表情を見せながらも、2人だけでペダルを漕がせることに合意する。学院から公都までやって来るときは、騎士科の学生たちが、筋力強化の魔法まで使ってペダルを漕いでいたというのに、帰りは騎士科ではない非戦闘系の薬学科の少女が2人だけでペダルを漕ぐというのである。誰がどう想像しても、速度が遅くなるのは目に見えていた上、2人とも近いうちにスタミナ切れで根を上げるのは明らか。2人の我が儘(?)を聞いて、2人だけでペダルを漕がせることに合意したとはいえ、眉間に皺が寄ってしまうのは仕方のない事だと言えるだろう。
まぁ、常識的に考えれば、だが。
ギュォォォォォンッ!!
「車輪が空転しているようですよ?」
「鉄の車輪だと滑るのですわね……。まぁ、力技で回せば、その内、加速するはずですわ?」
ギュリリリリリリッ!!
2人が漕ぐペダルに取り付けられたチェーンが熱を帯びて煙を上げる。それほどまでに、2人の筋力は大きかったのだ。騎士科の学生たちの筋力の比ではない。
結果、車体は猛スピードで加速し、クラスメイトたちは、必死に座席へとしがみついた。もしも車体から振り落とされるようなことがあれば、死あるのみだからだ。
一方、ワルツたちの表情は普段通りに涼しげだった。
「そういえば、体育の授業って無いわよね?」
2両連結された車列の先頭で、ワルツが腕を組みながらポツリと呟く。
高速でトンネルを進む車両には、当然ながら暴風と言えるような空気が叩き付けられており、彼女の言葉を聞くのは簡単なことではなかった。しかし——、
「そう言われれば、そうかも知れぬのう」
「体育って……何?」
——約2名の狐娘たちにとっては、造作も無いことだったらしい。普段から、より高速に飛んでいる中で会話をしたり、爆音や轟音の中で会話をしているせいか、今の時速120km程度の速度では、大した苦にもならなかったようだ。そう、彼女たちもまた、常識の外側の存在なのだから。
「体育って言うのは、例えば、身体能力を競う授業よ?」
「この前、剣術の授業があったけど、あれとは違うの?」
ルシアがワルツに問いかける。
「あれは、剣術の授業であって、体育とは違うわね。まぁ、広義の意味での体育ではあると思うけれど」
「?」
ワルツの言葉にルシアが首を傾げていると、今度はテレサが説明を始めた。
「たとえば、50mを誰が一番速く走れるかを競争するのじゃ。同じ条件で走れば、誰が一番足が速いのか分かるじゃろ?」
「へぇ?面白そう。転移魔法を使っても、良いんだよね」
「もちろんダメなのじゃ。純粋な体力だけを計ったり鍛えたりする授業じゃからのう」
「あぁ……そうなんだ……」
魔法を使ってはいけないというテレサの発言を聞いた瞬間、ルシアの体育に対する興味が一気に失せる。魔法を使ってはいけないという縛りがある場合、ルシアの身体能力はほぼゼロに等しいからだ。
「そんな授業、いらないんじゃ無いかなぁ?」
ルシアが否定すると、今度はワルツが口を開く。
「アステリアとマリアンヌがどのくらいの体力を持っているのか、ちょっと興味があるのよね……。あの2人、どう考えたって、筋力が普通じゃないでしょ。それか、騎士科の男子たちが貧弱なだけか……」
「「…………」」
ワルツに貧弱と言われた騎士科の男子学生たちに、ルシアとワルツは視線を向けた。そんな2人の視線の先では、騎士科の学生たちは座席に座らず、座席の背もたれにしがみついていて——、
「ちょっと、ジャック?邪魔だからくっつかないで欲しいんだけど?」
「む、む、無理!死ぬ!離したら死ぬ!」
——などと怯えている様子だった。速すぎて、腰が抜けているらしい。
「まぁ、あれを見たら、まだ私の方が体力があるような気がするかなぁ……」
「……いや無いじゃろ」ぼそっ
「んん?テレサちゃん、いや何か言った?」じとぉ
「いや、何にも……」
ルシアとテレサがそんなやり取りをしている内に、トンネルの向こう側が明るくなってきた。行く時の倍以上の速度で移動していたために、もう学院側の駅に着いてしまったのだ。




