14.14-11 仕上げ11
ジョセフィーヌ以外にも、町の人々が集まってきたことに気付いたワルツたちは、そそくさと駅の中に退散した。ワルツと親しい者たちは、彼女の行動に一定の理解を示していたようだが、他のクラスメイトたちには理由が分からず、困惑を隠せない様子だったようだ。
それでも、今は授業中で、かつ、ワルツがジョセフィーヌに別れの挨拶をしたためか、皆、ワルツと共に駅の中に姿を消したようである。担任教師であるハイスピアがワルツたちに従って、共に駅の中に降りていったことも大きな要因になっていたようだ。
ちなみに、そのハイスピアは、頭から生やした所謂アホ毛のようなものを左右にユラユラと揺らしながら歩いていたようである。その表情には、言うまでも無く、ニコニコとした笑みが浮かんでいて、彼女のことを古くから(?)知っている者がいれば、今の彼女の状態をすぐさま把握することが出来たに違いない。即ち——現実逃避のために幼児退行している、と。
結果、その場から、学院関係者がいなくなる。取り残された者たちは、町の人々だけだ。
「「「…………」」」
皆、しばらくの間、無言だった。皆、目の前の光景を受け入れられず、疑ってしまったのだ。
大半の者たちは、底の見えない大きな穴を前に唖然としている様子だ。あまりに現実離れしすぎた光景を受け入れるのに、時間が掛かっていたらしい。
一方、比較的、我に返るのが早かったのは、商人たちだ。彼らが大穴を見ていた時間は、一般的な町の人々に比べて非常に短く、その代わりに彼らは、昨日まで存在しなかったはずの水路の方を向いていたのである。
水路とは即ち、運河にも使えるのである。公都近くには川はあっても、運河に使えるほど大きくは無く、小川に毛が生えた程度のものだった。しかし、ワルツたちが"駅"への注水のために作った水路は、横幅が50mほどはあるのである。上流の町から下流の海へ、または大陸の外へと物資を運ぶ用途として、ワルツたちが作った水路を使うのは、極めて都合が良かったのだ。
それゆえに、商人たちは、運河を作った学生たちの存在を、金の卵を産む鶏のように見ていた。ワルツたちは自由自在に大きな水路を作ってしまうのである。それは、この世界においては、物流の概念を破壊するほどことなのだ。例えば、今まで1トンの物資を10日間掛けて馬車で輸送していたものが、運河を使うことで、10トンの物資を半分の5日で輸送できるようになるのである。それだけで物流は20倍。それが、経済活動にどれほどの影響を与えることになるかは、言うまでも無いだろう。
ゆえに、商人たちにとって、ワルツたちは、まさに喉から手が出るほど欲しい存在で……。是非とも繋がりを持ちたかったようである。中には、絶対に繋がりを持つと決意する者たちもいたようだ。それが例え、本来蔑まれるはずの立場にある獣人の学生を含んでいたとしても……。
だが、商人たちが我を取り戻した頃には、その当のワルツたちはその場におらず……。商人たちは、ワルツたちと繋がりを持つ機会を失ってしまう。
ゆえに、彼らは、ワルツたちとの繋がりを持っている"誰か"を頼ることで、彼女たちの事を紹介してもらえないか、伝を探そうとしたようだ。
そんな中で浮上してきたのが、城に出入りする商会の一つ。カッパー商会だった。ワルツたちがジョセフィーヌ経由で木材の売却を提案した商人——ドエルが会頭を務める商会である。
どこから嗅ぎつけたのか、商人たちは、カッパー商会がワルツたちとの繋がりを作るための突破口だと確信して、会頭のドエルと面談しようとした。その大半は門前払いになってしまったが、ごく一部、ドエルと繋がりの深い商人たちは、どうにかドエルと話し合いの場を持つことに成功したようだ。
その際の、打ち合わせに内容は、ドエル経由で、ワルツたちに、他の町への運河を作ってもらうよう頼めないか、という者だったのだが……。ドエルは苦々しい表情で首を横に振った。
「無理だ」
たったの3文字。取り付く島もなく、ドエルは否定した。
何も理由を言わずに拒絶するドエルを前に、商人たちは、当然のごとく、食い下がろうとする。そんな彼らは、ドエルが利益を独り占めしようとしていると考えていたようだ。
実際、その通りだった。しかし、話はそう簡単ではない。
「悪いことは言わないから、彼女たちに関わろうとしない方が良い」
諦めの悪い商人仲間たちに対し、ドエルは忠告を口にする。
「あの方々の一部に、ジョセフィーヌ様ですら頭を垂れる御方がいる。隣国のエムリンザ帝国の皇女様も付き従っている様子だ。おそらく……あの方々の意向一つで、我々の商会が吹き飛ぶどころか、国自体が物理的に吹き飛ぶことになるのだろう。貴殿らも見ただろう?外のあの景色を。あれらは触れてはならないものだ」
到底、商人の口から出るとは思えない発言を口にするドエルを前に、商人たちは遂に、追求することを止めた。彼らはようやく気が付いたらしい。……今、この国には、何かヤバいものが跋扈していて、金儲けどころか、自分たちの生活や命にすら危険が及んでいる状態にあるのだ、と。




