14.14-08 仕上げ8
「ア嬢、ア嬢。ちょっとこっちに来るのじゃ」ちょいちょい
「ん?何さ?」
ガッ!
「ちょっ?!あ゛あ゛っ?!」ゴリゴリ
「おぬしぃ〜……どさくさに紛れて妾のことを燃やしおったな?」ゴゴゴゴゴ
「じ、事故!事故だって!あ゛た゛ま゛が゛っ゛!あ゛あ゛っ゛?!」
「お主はいつも妾のことをぞんざいに扱い過ぎなのじゃ。少しは反省してはどうなのじゃ?ああっ?」ゴリゴリ
「んががががっ?!」
「……仲が良いわね。あの2人」
「えぇ……。ルシア様にあのようなことが出来るなんて……」
「ところで……このままあのお二方を放っておいて、この世界は滅びてしまいませんの?」
『まぁ、大丈夫じゃないですかね?テレサ様でしたら、ルシアちゃんに負けることはありえませんし……』
「「ふーん…………えっ?」」
ルシアの頭を拳で挟んでゴリゴリと潰そうとするテレサの様子を見ながら、ワルツたちは様々な表情を見せた。生暖かい表情を見せる者。驚きの表情を見せる者。オロオロとして怖がる者。呆れて苦笑する者などなど……。
ただ、2人のことを観察していた対象を、ワルツたちだけでなく、クラスメイトたち全体に広げるなら、少し話は違ったようだ。唖然とする者か、恐怖を感じて後ずさる者が多かったようである。絶対的な魔力を持つルシアに喧嘩を売るなど、一般的に考えれば、自殺行為としか言いようがなかったからだ。ようするに、今のテレサは、クラスメイトたちにとって、世界を巻き込んで自殺しようとしているように見えていたのである。
その当のテレサは、ルシアへの報復に満足したのか、彼女の頭から手を退けた。これ以上やると、ルシアが泣くような気がしたらしい。テレサとしては、ルシアを泣かせてまで報復する気は——まぁ、無くはなかったが、一応、年上の姉としての立場があったので、自重することにしたようだ。
対するルシアは、頭を押さえながら、目をうるうるとさせていた。そんな彼女は、自分の事を痛めつけたテレサの事を睨むかと思いきや——、
「……ごめんなさい」
——意外にも、素直にテレサに対し頭を下げた。戯れ過ぎた自覚があったらしい。
それゆえか、テレサもすんなりとルシアの事を許す。ただし、彼女の脅し文句は、ルシアにとって許容できない内容だったようだが。
「うむ。今度からは気をつけるのじゃ?さもなくば、一生、寿司が食えぬ身体にするのじゃ」
「え゛っ……ちょっ……」
ルシアの表情が固まる。ルシアにとって寿司を奪われることは、強制的に断食を強いられるも同然。つまり、死刑判決と同義(?)。流石のルシアも、テレサのその発言には、冷や汗をかいたようである。
そんな2人のやり取りに、クラスメイトたちはまったく付いていけなかったようである。テレサの能力を知らない彼らは、彼女の言葉の意味も、ルシアの表情が青く染まる意味も理解は出来ず、困惑気味に顔を見合わせていた。……まさか、テレサの方が、ルシアよりも強大な魔力を持っているのではないか……。そんな勘ぐりをする者もいたようである。
ただ、彼らの思考は、中途半端なところで停止することになった。というのも——、
「なに……これ……」
——クラスメイトたちの一部が、ルシアの開けた大穴の姿に気付き始めたからだ。
直径は、およそ100m。深さに至っては不明。まさに底なしの縦穴が、その場に空いていたのだ。
そんな縦穴に気付いた途端、クラスメイトたちの表情は次々に凍り付いていく。テレサとルシアのやり取りなど、既に彼らの脳裏からは消え去り、その視線は大穴の中へと釘付けになる。
少し話は変わるが、現代世界には、ダム穴というものがある。ダム湖の水面にぽっかりと空いた排水口で、その中に水が流れていく様子を見ているだけで、不思議と不安を感じさせるような異様な雰囲気を持つ構造物だ。
ルシアが地面に開けた大穴は、そんなダム穴と似たようなものだった。水は流れていないが、底が見えず、今にも吸い込まれてしまいそうな異様な雰囲気を感じさせるものだった。おそらく、この世界で作られた穴の中では最も深いはずで、まさに"深淵"を体現したような穴だった。
そんな穴の前で、とある男子学生が、地面に落ちていた石を拾い上げる。そして彼は石を縦穴の中へと放り投げた。
しかし、いつまで経っても音は聞こえない。ただ深いだけの穴なら、すぐに石ころが地の底にぶつかって、音が鳴るはずである。それが聞こえなかったのだ。
それも当然だと言えた。深さは10kmを軽く越えているからだ。たとえ空気抵抗がなくても、石が地底に辿り着くまでには45秒以上かかるのである。実際には空気抵抗と、音が帰ってくるまでの時間があるので、音が返ってくるまでは、1分以上はかかることだろう。
尤も、10km先で石ころが地面に当たったとして、その小さな音が、10km以上離れた皆のところに届くことはありえないのだが。
ダム穴が怖いけど好きなのじゃ。
あの何とも言えぬ異様な雰囲気が癖になるというか……。




