14.14-04 仕上げ4
到着後に行われたのは、当然、公都観光——なわけはなかった。今は授業中。ワルツたちがここに来た理由は、今後行う予定の仕事を、クラスメイトたちに説明するためのデモンストレーションだったからだ。
というわけで、公都の駅で、輸送における最後の行程が始まる。木材を列車から降ろして、地上へと搬出する作業だ。出発の際は、転移魔法が使用されたが、それは荷積みと荷下ろしがほぼ同じ行程だったために、作業を省略したためであって、ワルツとしては荷下ろしまで省略するつもりはなかったのだ。そう、ワルツは、列車からの木材の荷積み・荷下ろしについても、今後はクラスメイトたちにやらせるつもりだったのである。とはいえ、そう難しい話ではなく、荷積み・荷下ろしが簡単になるような準備はしていたようだが。
しかし、ワルツはそれをすぐには口にしない。そればかりか、なぜか逆の方向へと話の舵を切った。
「さぁ、みんな?最後の仕上げよ?地上まで木材を引き上げてね?」
未だ唖然としていたクラスメイトたちにとって、ワルツのその発言は、きっと地獄のどん底に叩き落とされるような言葉に聞こえていたに違いない。何しろ彼らは今、地の底にいるのだから。
ここまで呆けていたクラスメイトたちも、流石に正気に戻る。頭の上にぽっかりと空いた青い空は、見上げなければ見えないほどに高いというのに、列車に積まれた大木は、まるで学生たちの足を引っ張る足枷のように重く……。軽く考えただけでは、地上まで木材を運び上げるなど、不可能としか思えなかったのだ。
ちなみにワルツは、公都側にガントリークレーンやエレベーターといったものは準備していなかった。地上までの高さは50mそこそこなので、階段で十分だと考えていたらしい。
クラスメイトたちは、いったいどんな解決策に辿り着くのか……。ワルツは内心楽しみにしながら、クラスメイトたちの反応を待っていたようである。
ちなみに、ワルツのプランは、事前にルシアたちにも知らされていたものの、彼女たちは知らんぷりな様子で、クラスメイトたちのアイディアに耳を傾けていた。彼女たちもまた、クラスメイトたちがどんなアイディアを出すのか、期待していたのだ。
そんな中——、
「……担いで上がるか……」
——頭の中まで筋肉で出来ているのか、騎士科のジャックがそんなアイディアを零す。
すると、魔法科のミレニアが、すかさず反論した。
「できるの?出来るならそれでも良いと思うけれど、無理でしょ?」
大木1本の重さは、優にトンを超えているのである。百歩譲って、特別教室の皆で協力して、大木を地下から地上まで運び上げるとすれば、1人辺り、最低100kg以上の重さを持ち上げなければならなかった。そんな負荷が掛かっている状態で、階段を使って50m上方まで運び上げるなど、ほぼ不可能。全員で筋力強化の魔法を使ったとしても、一歩間違えれば大事故に発展するのは目に見えていた。尤も、そこには螺旋階段しかないので、大木を担いで登ること自体が物理的に不可能だと言えたが。
ゆえに、次にミレニアが考えたのは、ワルツたちに助けを求めるというものだった。まぁ、当然の流れである。
「ワルツさん……いえ、ワルツ様は、今回は手伝って下さらないのですか?」
「いや、別にワルツって呼び捨ててでも良いわよ?そうねぇ……まずは皆のアイディアを聞かせて欲しいところね。もちろん、こんな道具が欲しい、とか、あんな設備が欲しい、とか言ってくれれば、作れる範囲で作るわよ?あ、でも、クレーン……つまり、木材を釣り上げるための機械を作るって言うのは無しね?安直過ぎるから」
確実に持ち上げられるというのに、安直過ぎるという理由で却下するのはどうなのか……。ミレニアだけでなく、他のクラスメイトたちも、かなりの人数が同じ事を考えたようだが——、
「そう……ですか……」
——誰からも反論は出ず……。皆、クレーンを使う以外の方法で、木材を持ち上げる方法を考える事にしたようだ。今は授業の時間。クレーンを使わずに木材を地上へ上げるアイディア出しをするという授業内容なのだろうと捉えることにしたらしい。
それからミレニアたちは考え込んだ。仲の良い者たち同士で集まったり、グループごとに意見を出し合ったり、黙りこくってユラユラと揺れていたハイスピアの肩をブンブンと揺さぶって、アイディアが出てこないか試行錯誤を繰り返す(?)。
するとその内に、アイディアがどこからともなく湧いて出てきた。ミレニアがクラスメイトたちを代表して、こんなことを言い出す。
「たとえば、トンネルに扉を取り付けて、この空間を水で満たすっていうはどうかしら?そうすれば、木自体は軽いはずだから、水に浮いて、地上まで上げられるんじゃない?」
そのアイディアに対し、ワルツが反論する。
「なるほど……。でも、それじゃ、1本づつしか上げられないんじゃないかしら?排水とかはどうするの?」
「いいえ?排水なんてしないわ?」
「排水しない?」
「えぇ。学院からこの場所まで全部の木材を運んで溜めておいて、運び終わった後で、この空間を水で満たせば良いと思うの。まぁ、トンネルは使えなくなるけど、学院にある木材をすべて公都に運ぶっていう目的は達成できると思うわ?」
「ふーん……確かに、トンネルを再利用しないのなら、それもありね……」
とワルツが真剣に考え始めると、ミレニアが少し狼狽え始めた。
「あ、でもトンネルが勿体ないから、やっぱり別の方法の方が良いと思うわ?1時間もしないで公都と学院の間を行き来できるっていうのは捨てがたいもの」
そう言って前言を撤回するミレニア。他の学生たちも、ウンウンと頷いていたようだ。
対するワルツは「あら、そう?」と軽い様子で返答していたようだが……。彼女は内心で、こんなことを考えていたようだ。
「(ヤバい……転移魔法陣で地上まで木材を上げる設備を作った、って言えない……)」
ワルツは、真剣に考えるクラスメイトたちを前に、引くに引けなくなっていたのである。




