14.13-55 敷設2
地下鉄を作るのは簡単なことではない。硬かったり軟らかかったりする地盤を崩れないように補強しながら、長距離に渡って掘削しなければならないこと。その長距離のトンネルの中に長いレールや枕木、電線などを運び入れて、線路を敷設しなければならないこと。さらには、地盤から漏れ出てくる水の処理や、地盤の変化により亀裂が入った際に修復する必要があることなどなど……。単に地下鉄を作る事自体も大変だが、維持も同じくらい大変なのである。
この世界にも、魔物に襲われることの無い安全な移動手段として、地下に線路を敷設してトロッコを輸送手段として運用するという地下鉄に近い考え自体は存在していたようだ。だが、その実現には、莫大な建設費用と運用費用、維持費などが掛かるため、非現実的だと考えられていた。子どもが見るような夢物語だ。大人だったらなら、着手する前に諦めてしまうような"超"が付くほどの大規模事業である。
しかし、そこにいたのは、ワルツたちだった。この世界の人々にとっては不可能としか思えないことを平然とやってしまう、非常識の権化である。
「それじゃぁ、5kmごとに空気穴兼駅を作りましょうか?」
「空気穴は分かるけど、駅って何?」
「人が乗り降りするところ」
「あ、なるほどね。でもちょうど5kmって難しいよ?何となく5kmはできるけど……」
「大丈夫、大丈夫。まずは学院近くまで真っ直ぐに穴を掘ってから、中を一緒に歩いて行って、5kmごとに位置を教えるから、その時に縦穴を掘ってもらえるかしら?」
「あー、それならできるかな」
地表から地下に向かって掘り下げた50mの穴蔵の中でそんなやり取りを交わすワルツとルシア。彼女たちは、ここまで降りてくるために、縦穴の壁に階段を設置したようだが、土魔法を使って一瞬で造り上げたこともあり……。その様子を見ていたジョセフィーヌたちは、この瞬間も驚いたような表情を浮かべていたようだ。ワルツたちが公都にやってきてからと言うもの、常に驚き続けているので、知らない者たちが彼女たちの事を見れば、元からそういう顔なのだと考えてしまうかも知れない。
マリアンヌも似たようなもので、どこかの教諭のように、「あはは……」と乾いた笑みを浮かべていたようだ。ポンポンと強力な魔法を行使するルシアのことを理解しようとして、頭がおかしくなりかけていたらしい。
そんな彼女たちと対照的だったのは、アステリアである。彼女は、元から人らしい生活を送ってこなかったせいか、頭の中に"常識"と言えるものは存在していなかったらしく、ワルツとルシアが非常識と言えるような行動を取っていても、そういうものだ、と素直に捉えていたようだ。あるいは、感覚が麻痺していた可能性も否定は出来ないが。
なお、残るテレサとポテンティアについては、まぁ、言うまでもないだろう。彼女たちには最早、驚きの色は無い。驚く側ではなく、驚かせる側だからだ。
「ア嬢のさっきの光魔法なのじゃが……あれ、当たったとして、耐えられるかのう?」
『さすがはテレサ様ですね。僕の場合、耐えきれるかどうかではなくて、一瞬で蒸発してしまいますよー。まぁ、分体に意識を分散させているので、どこかで一体でも残っていれば、僕の存在が消えることは無いんですけどねー』
「お主……本物のGよりもしぶとそうじゃのう?」
そんな2人のやり取りが、ジョセフィーヌたちの混乱を更に深めていたことは言うまでもないだろう。
それから間もなくして、ワルツたちの工事が再開する。
「崩れないように光魔法を使おうと思うんだけど、長い距離の魔法になるから、お姉ちゃん、また、照準をお願いね?」
「えぇ、もちろんよ?まずは、岩盤を破壊しない程度の小さな光魔法を撃ってちょうだい。それで照準合わせをするから、合わせたら大出力で魔法を撃ってもらえるかしら?」
「うん。学院や村が吹き飛んだら大変だからね」
「「「「「え゛っ」」」」」
2人の作業を見守っていたオーディエンスたちから声が上がる。……が、2人の作業は止まらない。
チュィィィィン……
「んー、もうちょっと下かな?」
「このくらい?」ジジジジ
「あー、そこダメ。今、学院に直撃コースだから、もう少し下……んー、あっ、そこそこ!今度は右に少しずらして……」
「流石に距離が遠いと微調整が大変だね……」ジジジジ
「あ、そこで固定!今よ!」
「じゃぁいくね?」
「頼むわ(……ん?そういえば……学院の向こう側って、何かあったっけ?……まぁ、いっか)」
ルシアの魔法は、ある程度の出力になると強弱が付けられず、どこまでも飛んでいくのである。つまり、彼女の光魔法によるトンネル掘削は、学院の近くで止まること無く、そのまま丸い惑星の地中を真っ直ぐに突き抜けて、いつかは地表を出て、宇宙空間へと飛んでいくのだ。
ゆえに、ワルツは考えたのだ。ルシアの光魔法が突き抜けた先に何か無かったか、と。ただ、思い出す限りは、地図上には何も無かったので、ワルツは掘削を決行することにしたようである。
そんな彼女は、この時、とても重要な事を失念していたようである。……この世界にある地図の精度は、基本的に、デタラメに等しいということを……。
ズドォォォォン!!
あっちの方、何があったかのう……。




