14.13-53 売買 11
ルシアとテレサが絶望に打ちひしがれた(?)後も、商人ドエルとポテンティアとの間で、細かな質問と回答が交わされた。木材の売買をするためには、ただ木材とお金を交換すれば良いというわけではなく、どうやって木材を運搬しなければならないか、決めなければならなかったのだ。そうでなければ、輸送費、人件費、手数料といったものを見積もれないのである。しかも、木材の量が量であり、馬車の1台や2台で運べる量ではないのだから、尚更だと言えた。
一般的に、多量の木材を搬送する場合、川を使って運ばれることが多い。水よりも軽い木材は、川に浮かべれば水に浮かぶので、川を使えば馬車などで運ぶよりもずっと楽に運べるからだ。
学院の近くにも川はあって、それを使えば、公都から少し離れた場所まで、木材を流せるはずだった。あとは川の下流で木材を受け取れば、輸送自体はどうにかなる——というのがドエルの当初のプランだった。
問題は、川に流せる木材の状態だ。川に流せる木材は、基本的に、丸太の状態であって、ほとんど加工されずに運ばれるのである。乾燥や製材まで終わらせた木材を川に流せば、川を流れている間に何かにぶつかって傷ついたり、水分を吸収して曲がったりする可能性があるからだ。
しかし、製材していない木材を川に流すには、サイズが大きすぎた。直径6mにもなる大木を水に浮かべようとすれば、川の水深も相当深くなければならないが、学院近くの川は、普通の木材は流せても、巨木までは流せなかったのである。
木材を運べるサイズまで切断すれば、普通の木材並みのサイズになるまで細かくカットしなければならず、水に接する面は傷だらけになるために、表面をある程度削ることは必須。結果的に追加の加工費用が必要になって、粗利が極端に少なくなってしまう可能性が高かった。
ゆえに、水運を使う手段は、その言葉通りに流れてしまい、ドエルは頭を悩ませることになる。
「はてさて、困りましたね……。川を使っての水運が使えないとなると、どうやって運べば良いものか……」
ポテンティアの前で、頭を抱えていたドエルは、ふと何かを思い付いたのか、顔を上げる。
「ところでポテンティア様は、この木材はどうやって運ばれたのですか?」
『転移魔法ですね』
「て、転移魔法……。これほどの量の木材を運べる転移魔法使いがいるなんて、商人にとっては喉から手が出るほど欲しい人材でございます」
『あはは……(まぁ、正確には転移魔法陣なのですが……)』
ポテンティアは笑って誤魔化した。ルシアの転移魔法にしても、ワルツの転移魔法陣にしても、ドエルに話すつもりは無かったのだ。
そしてもう一つ、転移魔法について話さない理由があった。ポテンティアたちとしては、そもそも、これからの木材輸送に、転移魔法の類いを使う予定は無かったからだ。
『今回の木材輸送の件ですが、こちらでどうにかしますので、ドエルさんは、公都での受け取りだけ、お願いできますか?』
「どうにかする……あぁ、転移魔法で運んで頂けるのですか?」
『いえ、そうではありません。もっと原始的な方法で運ぼうと考えております』
「原始的な……方法?」
ドエルが頭の上にクエスチョンマークを浮かべる中、ポテンティアは彼に向かって返答せず、その代わりに、ジョセフィーヌに対してこう言った。
『ジョセフィーヌ様。一つ、ご許可頂きたいことがあります』
「私の許可、ですか?」
『えぇ、そうです。大量の木材を運ぶための方法について、ジョセフィーヌ様に許可をいただかなければなりません』
「もちろん許可します。ポテンティア様やワルツ様方なら、この国にとってマイナスになるようなことはしないはずですから」
『あはは……それはありがとうございます。ですが一応説明させて頂きますと、実は、この公都と学院との間に、鉄道を敷設させようと考えているのです』
「て、てつどう?」
「(てつどう……?あぁ、鉱山にあるトロッコのようなものですか。確かにあれなら重い荷物でも運べるでしょうが……まさか、移動に3日も掛かるような長距離を?それでは、かなりの時間が掛かってしまいそうな気がしますが……)」
『学院長からの許可は頂いておりますから、あとはジョセフィーヌ様の許可さえ頂ければ、すぐにでも鉄道の付設を始めようと考えております』
「そういうことでしたら、もちろん許可します。思う存分、その"てつどう"というものを作って下さい」
『ありがとうございます。ではワルツ様』
「おっけー。じゃぁ、早速、作業に取りかかるわね」
ポテンティアがジョセフィーヌと付けた話を、ワルツが引き継ぐ。ただ、この時、彼女は、人知れず悩んでいたようだ。
「(どんな規模の鉄道を作ろうかしら……。鉄道って言っても、色々あるわよね……)」
やはり、ワルツの辞書には、"普通"という言葉は存在しないらしい。




