14.13-51 売買 9
ドエルとの話は終わった。結果は、学院産の木材を市場価値の2〜3倍で買い取るというものだ。詳細については、後日、ジョセフィーヌ経由で報告されることになった。その際、大公たるジョセフィーヌが連絡役となることについて、事情を知らないドエルはとても驚いている様子だったが、事情を聞くような事はしなかった。彼は直感したのだ。下手な事を聞けば、藪蛇になる、と。
こうして、ワルツたちの公都での用事は終えたと言えたが……。ルシアにはまだ用事が残っていたようである。というのも、元々、彼女が公都に来た理由は、木材を売りたかったからではないからだ。
「あの、ドエルさん」
ルシアが問いかけると、ドエルは少し驚いたのか、一拍おいてから返答する。
「……はい、何でしょうか?」
「実は、町に来た理由がもう一つあって、かわいいものが無いかを探しに来たんです。あとおすs——」
ルシアがいらないことを言おうとしているのを察して、テレサが介入する。
「ア嬢?前にも言ったとおり、レストフェンでは、寿司は諦めるのじゃ」
「ん?すし?」
「ほら、ドエル殿が困惑しておるではないか」
「もう、仕方ないなぁ……。えっと、お寿司の話は忘れて下さい。それで……この町のどこかのお店で、かわいいものを扱ってる店が無いか、教えて頂けませんか?あっ、もちろん、ドエルさんのお店で扱っているなら、それを見せてもらえたら嬉しいです」
「かわいいもの……ですか……。例えば、アクセサリーとか?」
「いえ、アクセサリーはテレサちゃんに作ってもらえるので大丈夫なんですけど……なんていうか……その……」もじもじ
ルシアの歯切れが悪い。どうやら、人形の類いが欲しいと素直に言えないらしい。
一方、テレサは、ルシアの言いたいことを汲み取っていたようである。しかし、ルシアのためを考えると、自分で要求を口にすべきなのは明らかなので、心を鬼にして(?)、だんまりを決め込んだようだ。
対するルシアは、テレサの思考パターンが何となく分かっていたためか、彼女のことを睨み始める。しかし、それはテレサの方も同じ。ルシアに睨まれるのは分かっていたので、視線は合わせない。
その内に、ルシアは苛立ってきたのか、暴挙に出た。
「あ、そうそう!こんな感じのものが欲しいです!」ガッ
「んな゛っ」グイッ
テレサの尻尾を掴んで引っ張ったのだ。
その様子をワルツたちから見ると、どう見えたのか……。しかも今朝、テレサは尻尾を無くして、家の中を彷徨っていたのである。そこから推測されることは、ただ一つ。
「(ええっ……ルシア、テレサの尻尾が欲しいの?)」
「(大胆ですね……)」
「(自分の尻尾じゃダメなのかしら?)」
『(爆発さえしなければ、テレサ様の尻尾でも良いのでしょうけれど……)』
朝のテレサが尻尾を無くした件は、ルシアが原因だった、というものだ。それも、テレサの尻尾を欲して。ちなみにルシアは、意地でテレサに対抗しているだけなので、自分で何を言っているのか理解していなかったりする。
一方、ドエルの方も困惑していた。獣人が獣人の尻尾を引っ張って「これが欲しい」と言うなど、彼にとって初めての経験だったからだ。いったいどういった意図で、尻尾を欲しているというのか……。
「(まさか、獣人の尻尾を切断して販売していないか、と聞いているのですか?)」
ドエルがストレートに考えた結果、そんなカオスな想像をしてしまう。
しかし、それは自然の発想だと言えた。というのも、物好きな貴族の中には、獣人のフサフサな尻尾を収集している者たちがいるからだ。それも、かわいい、美しいなどと言いながら……。
「(獣人の貴族がいないので何とも言えませんが……もしかすると、彼女たち獣人族にも、そういった特殊な趣味趣向があるのかもしれませんね……)」
ドエルは生暖かい視線をルシアに向けた。
と、そんな時。
グググ……ブチィッ!
「あ゛あ゛っ?!」
「あっ……」
「え゛っ……」
『「「「「あー……」」」」』
ルシアが強く引っ張りすぎたせいか、テレサの尻尾が根元から外れてしまう。その様子を見たドエルは目を大きく見開いて驚いた。たとえ、尻尾の芯が細くデリケートな部位とはいえ、引き千切るなど普通は不可能。いったいどれほどの力で引き千切ったのか、と想像してしまったのだ。
対するルシアとしては、なにも、テレサの尻尾を引っこ抜くつもりは無かった。ゆえに、彼女は、尻尾を元の場所に戻そうとする。
「ごめん。テレサちゃん。抜いちゃった」てへっ
ガチッ
「ちょっ?!何をするのじゃ!危ないのう……。無理矢理引っこ抜いたら爆発すると言っておろう!」
「ごめん、ごめん。引っ張りやすかったから、つい……」
と、普段通りのやり取りを交わす2人だったが、その様子を見ていたドエルの中では、混乱が渦巻いていたようだ。
「(獣人の尻尾は、脱着式だったのですか……?)」
そんなことを考えたドエルは、その早く回る頭で思考した結果、最終的に、とある結論へと達する。
「(もしや獣人は、人とは異なる種族なのではなく、故意に尻尾を付けているだけの人間なのでは……?)」
そしてドエルは、テレサの次にルシアへと視線を向けた後、最終的に、アステリアへと視線を向けたのだが……。
「ううう……何度見ても痛そうです…………」ぶわっ
アステリアはなぜか両手でお尻を押さえており、今にも泣きそうな表情を見せていたようである。




