6前前-20 夕食会4
「あれは・・・迷宮です」
『・・・えっ?』
ユキC(軍務相)が脈絡のない話を口にしたことに、思わず頭を抱えるワルツたち。
「・・・ですから、あのバケモノは迷宮の本来の姿なんです」
『ええっ?!』
今度は、ここまで驚いた表情を見せてこなかったユリアまで、驚愕の声を上げた。
「いやいやいやいやいや・・・迷宮が生き物だって話は偶に聞くけど、あんなグロテスクで、巨大で、歩きまわるなんて話は聞いたことないわよ!」
ユキCの爆弾発言に、思わず敬語を忘れてツッコむワルツ。
あと、『現代世界の知識では』という注釈も必要だろうか。
すると今度は、シルビアが声を上げる。
「こ、この迷宮は大丈夫なんですか?!」
(ん?・・・あぁ、そう言われてみれば、ここも迷宮・・・うわぁ・・・)
シルビアの言葉に、今度は食べられた気分になったのか、ワルツはゲンナリとした様子を見せた。
「皆さん落ち着いて下さい。そんな危険な場所に、陛下をお連れすることはないので・・・」
と、他にも替え玉がいそうな魔王のことを引き合いに出すユキC。
「それに、原因は不明ですが、既にスカー・ビクセンはいない上、他の迷宮が同じように動き出そうとしている兆候は全くありませんから・・・」
『えっ・・・』
まるで街自体が倒されたかのような言い方をする彼女に、ワルツ達は疑問の声を上げた。
「・・・あぁ、言っていませんでしたね。プロティー・ビクセン、デフテリー・ビクセン、そしてスカー・ビクセンというのは、実は迷宮のことでもあるんです。町が迷宮といいますか、迷宮が町といいますか・・・」
『・・・』
そんなユキCに、ワルツたち・・・特にワルツとルシアは、青い顔をしながら言葉を失った。
どうして彼女たちがそんな反応を示しているのかは・・・まぁ、言わずもがなだろう。
それはそうと、どうやらユキA(魔王)は、ワルツ達がスカー・ビクセンを撃破したと言う話を、他のユキたちには知らせていないようである。
後日、気を取り戻した市民たちの間で噂が広まって、ルシアによって倒されたという話が彼女たちの耳に入ることがあるかもしれないが、ワルツ達が滞在する予定の3日間の内にバレるということは恐らく無いだろう・・・。
それまで、とりあえず、ルシアやワルツが担ぎあげられるなどという面倒なことにはならなそうなので、滞在中は比較的自由な時間を過ごせるのではないだろうか。
あるいは、シルビアの隣りに座っていたイブがバラしてしまう・・・ということも考えられなくは無いのだが、彼女がこの場でそれを口にすることは無さそうである。
何故なら彼女は・・・いや、この話は後ほどすることにしよう。
その後も、ユキCはスカー・ビクセンの説明を続けた。
「事の始まりは陛下・・・の使者であるユキ(A)が、ミッドエデンへと旅立った数週間後のところまで遡ります・・・」
彼女の話によるとこういうことらしい。
元々、スカー・ビクセンという街は、他の街とは違って、迷宮自体を研究する機関を兼ねた、少し大きめの村のようなものだったのだという。
故に、街を内包している迷宮の内部の殆どが、人によって手の加えられた『街』ではなく、迷宮自身が作り出した『未開』のダンジョンだったらしい。
要するに、冒険者達が夢と希望を求めて彷徨うのは、このスカー・ビクセンのことだったのだ。
そんなスカー・ビクセンに大きな変化が訪れたのは、ユキがミッドエデンへと旅立った数週間後。
彼女がミッドエデンに到着する、まだ1ヶ月以上前のことである。
ある日、とある研究者が、迷宮の核に近づいたところ、突然、飲み込まれてしまったらしい。
それから、間もなくして、スカー・ビクセンは暴れだしたのだとか・・・。
・・・全く唐突な話だが、ユキCたちにも、どうして彼が必要以上に核へと近づいたのか分かっていなかった上、迷宮が暴れだした原因も不明な様子だったので、端的にこう表現するしかない無かったことをご理解願いたい。
ところで。
そこから、より詳しい話をするためには、この世界の迷宮について補足する必要があるだろう。
まず、この世界に迷宮について簡単に説明しようと思う。
1、外から魔物を呼び寄せて内部に取り込む
2、内部で人が欲しがりそうなアイテムを生成する
3、死んだ魔物や人を壁から吸収する
4、生きているので、次第に成長して大きくなっていく
階層構造だったり、ボスシステムだったり、アイテムを使った迷路だったり・・・といったやり込み(?)システムについては、各迷宮ごとに異なるので、内部の詳しい説明までは省くことにする。
まぁ、それでも短く説明するなら、迷宮自身が学習して、人々や魔物たちを効率よく摂取(?)出来るように成長する過程で、様々な知恵と技術を身につけた結果、色々な機能が迷宮に備わっていくという仮説がある、と言えば大体は把握できるだろうか。
さて。
そもそも、迷宮自体が、フェロモンのようなもので周囲のフィールドから魔物を呼び寄せたり、アイテムや武器などの『エサ』を使って人を惹きつけたりするというのは、迷宮内に彼らを取り込んで、消化・吸収するための『食事』の一環のためであった。
その内部で、冒険者達が魔物を倒せば、その魔物は迷宮の糧となり、逆にやられても迷宮にとってはやはり糧にしかならないのである。
この辺は、どこにでもある一般的な迷宮(?)と同じシステムであると言えるだろう。
そんな迷宮の中で、特に食作用の強い領域があった。
それが、『迷宮の核』である。
そう、この世界の迷宮の核は、物体として存在しているわけではない。
特別に食作用の強い領域を、人々が迷宮の核と呼んでいるに過ぎなかったのである。
とはいえ、その領域の壁に強力な魔法や物理的な衝撃を加えると、迷宮自体の活動が永久的に停止するので、核と言っても過言ではないのだが・・・。
故に、理由もなく、迷宮の核に近づくことはご法度とされていた。
不必要な犠牲者を出すことを避けるためだけでなく、迷宮と共存関係にあるビクセン市やボレアス帝国にとっては、国家の財産とも言える迷宮を万が一にも手放すわけにいかなかったため、と言えるだろう。
もちろん、迷宮の核の周囲の通路には厳重な封印が施されているので、普段は誰でも彼でも簡単に近づくことは出来ない。
ところが、そんな迷宮の核に、比較的簡単に近づくことの出来る者がいた。
・・・前記の、研究者たちである。
研究のために、迷宮の核ギリギリまで近づいて調査を行うというのは、彼らにとってはどうしても必要なことであった。
故に、ボレアス政府も、自己責任の範囲で、彼らに対して特別に迷宮の核への接近許可を出していたわけだが・・・やはり、不注意な者も稀にいるようで、数年に1人の割合で、喰べられているのだという。
だが、これまでは、研究者やその他の者たちが迷宮に飲み込まれても、突然迷宮が暴走するようなことは一度もなかった。
まぁ、吸収される場所が核であるというだけで、単に喰べられているだけなのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが・・・。
・・・ただし、今回、件の研究者が飲み込まれるまでは。
「・・・彼が飲み込まれてから、突然、スカー(・ビクセン)は暴走を始めて、地下から這い出てきました。王城の裏側に空いている大穴は、かつてスカーのいた場所です」
その際、迷宮内に取り残されていた者たちや魔物たちは軒並み飲み込まれてしまったのだという。
一部、転移魔法が使える魔法使いや研究者たちが、命からがら脱出に成功して、この情報を齎した、ということらしい。
「最初の内は、スカーも大人しく周囲の平原を右往左往していただけなのですが、今から3週間ほど前、とある冒険者がスカーに攻撃を仕掛けまして・・・」
そう言いながら、眼を瞑って眉間に皺を寄せるユキたち(ただしユキAを除く)。
どうやら、問題児のような冒険者がいたらしい。
「それからと言うもの、スカーは人を襲うようになりました。・・・もちろんそれは、地上に露出しているプロティーも例外ではありませんでした・・・」
その後、ユキC(軍務相)率いるボレアス軍は、スカー・ビクセンの短い手足を攻撃することで、プロティー・ビクセンの町並みと兵士達に多大な犠牲を払いながらも、動きを止めることに成功したのだという。
恐らくは、魔王級の力を持ったユキたちも、陰ながら戦闘に参加していたのではないだろうか。
「それで、つい昨日まで、大人しく動きを止めていのですが、どういうわけか突然魔法が使えるようになったらしく、回復魔法を行使して、再び動き出したのです」
(うわぁ・・・やっぱり、タイミング良すぎよね・・・)
そんなユキCの話を聞いて内心で頭を抱えるワルツ。
そして、ユキCは今朝のことを話し始めた。
「そのため我々は、プロティーの市民たちを、デフテリー・・・この迷宮にある第二王城のある区画へと避難させたのですが・・・」
そう言って再び、難しそうな表情を浮かべるユキC。
・・・彼女の話の通りだとすると、窓から見えるデフテリー・ビクセンの街には被害が全く無かったので、どうやらこの迷宮には、もう一つ(以上?)、ここと同じような大空間が存在するようである。
「・・・その内部に、どういうわけか、スカーも入ってきたのです・・・」
『はあ・・・』
迷宮の中に入る迷宮・・・マトリョーシカのようなものだろうか。
「それで、再び、外の世界に人々を避難させたところ、スカーもそれを追っていき・・・あとは、皆さんが知っている通り、原因不明の大爆発を起こした、というわけです」
「そ、それは大変でしたね・・・」
「うん・・・」
自分たちの登場のタイミングがあまりに良すぎたためか、どう相槌を打っていいのか、と悩むワルツとルシア。
実は自分たちとスカー・ビクセンの暴走との間には何か関係があるのかもしれない、そう考えていたのである。
ともあれ、どうやらスカー・ビクセンを倒した際、一緒に囚われた人々を大量に殺害したわけではなさそうだったので、そちらの件については、2人共、人知れず胸をなでおろしていた。
「説明は以上です。他に何か分からないことはございますか?」
大きくため息を付いた後で、問いかけてくるユキC。
「いえ・・・分かりました。説明していただきありがとうございました」
そう言って頭を下げるワルツ。
・・・もちろん、まだまだ分からないことだらけだったのだが・・・まぁ、そもそも、ユキたちにも何が起ったのか分からないはずなので、今の説明以上の話を聞いても仕方ない、ということで質問を諦めたのである。
あるいは、藪をつついてサンドワーム以上の大物が出てくるかもしれないことを恐れた、とも言えるだろうか。
・・・そしてもう一点、ワルツがそれ以上質問をしなかった決定的な理由があった。
(・・・どうして、みんな食事に手を付けないのよ・・・)
そう、皆、出てきた前菜にも飲み物にも手を付けていなかったのである。
ワルツがそんな疑問を浮かべていると、
「(あの・・・ワルツ様?ワルツ様が食事に手を付けないと、みんな食べ始めないと思うのですが・・・)」
「(ちょっ・・・)」
・・・つまり、主賓であるミッドエデンの使者が食事に手を付けないかぎり、ユキたちも、ユリアたちも食事に手を付けられないのだろう。
そしてルシアは、姉が主賓だと思い込んでいるので、結局ワルツが食事に手を付けないかぎり、夕食会は始まらないのである。
(ぐ、ぐぬぬぬ・・・)
こうしてワルツの誰かのテーブルマナーを真似する戦略は、結局食事会が始まる前に、破綻したのであった・・・。
・・・なお、実際には誰も食事に手を付けていなかった・・・というわけではない。
「んー、口の中でとろけておいしいです!」
そう言いながらデザートに手を付けるイブ。
・・・まだ幼い彼女にとって、ビクセンの危機や迷宮のことなどは、おいしい食事の前に霞んでしまうほど些細な事だったようである・・・。
あれ・・・どうしてじゃろう・・・。
物語を書いておるはずなのに、何か違うものを書いておる気になってきたのじゃ・・・。
まぁ、よいがのう。
で、じゃ。
ルシア嬢が妾に何かを作って持ってきたのじゃ。
何やら「味見をして欲しい」と言っておったので、食べれるものなのじゃろう。
それで、容器を開いてみたら・・・中にいびつな形じゃが、歴としたクッキー(?)が入っておったのじゃ。
どうやら、たまには自分で作ってみたいと思ったようじゃな。
・・・じゃがのう?
クッキーとは、こんなに柔らかかったかのう・・・
こんなに色々な物が入っておったかのう・・・
・・・しょっぱかったかのう・・・
どうしてじゃろうか・・・
妾にはこれがクッキーではなく・・・・・・




