14.13-47 売買 5
ジョセフィーヌがやってきたのと同じタイミングで、ソファーでふんぞり返っていたワルツが跳ね起きる。そして彼女は何事も無かったかのように、応接室へとジョセフィーヌのことを迎え入れて、そして目を丸くする。
「えっ……その格好……どこかに行くの?ジョセフィーヌ。もしかしてパーティー?じゃなければ……誰かお客さんが来るとか?」
ジョセフィーヌが着飾っている様子を見て、ワルツは思わず問いかけた。ジョセフィーヌの格好が、格式高いパーティーに参加するかのような装いに見えたのだ。
もしもそうだとするなら、ワルツたちは、ジョセフィーヌのことを妨害した形になるはずだった。ワルツたちは、おし掛けて騒ぎを引き起こしたのと同義だからだ。
結果、ワルツは内心で申し訳なさを感じていたわけだが、ジョセフィーヌのほうに気にした様子はなく、むしろ彼女は微笑みすら浮かべながら、こう答えた。
「えぇ。ワルツ様方がいらっしゃったので、正装に着替えさせていただきました」
「え゛っ」
ワルツは思わず腹部を押さえそうになった。キリキリと胃が痛むような気がしたのだ。なお、繰り返しになるが、彼女に痛むような胃は存在しない。
「え、えっと……別にそんなに気合いを入れなくても、私たちは気にしないんだけど……?」
自分は気にしないのに、なぜジョセフィーヌは、そこまで気にしているのか……。周囲の人間——たとえばルシアたちがどう考えているのか取りあえず置いておいて、ワルツは戸惑いを隠せないまま、自身の考えを口にした。堅苦しいことが苦手な彼女にとっては、正装で出迎えるなど、周りが見えないくらいにテンションが上がっている場合を除いて、ありえない事なのである。そんな彼女にとって、ジョセフィーヌの行動は、まさに血迷っているとしか思えなかった。
しかし、当然、ジョセフィーヌは血迷っていたわけではない。正装をして出迎えるほどに、ワルツたちの事を重要視していただけである。政を取り仕切る者としての一般的な礼儀だ。
ゆえにジョセフィーヌは、これ以上無いほどの正装で着飾り、ワルツたちを出迎えたわけだが——、
「まさか……このような格好では不相応と仰るのですか……?」
——当のワルツの反応が芳しくない様子を見て、不安を感じてしまったらしい。まさに、方向性の不一致と言えた。
「えっ……いや、そういうわけじゃなくて……」
なら、いったいどういうわけなのか……。ジョセフィーヌがワルツの発言に耳を傾け、彼女の言葉を一字一句逃さないように意識を集中させていると、ワルツの向かいに座っていた人物から助け船(?)が出される。
『ジョセフィーヌ様。ワルツ様は、自分の事を"町娘"だと自称しているとおり、格式高い持てなしや儀式といったものが苦手なのです。そのせいで、戸惑っておられます』
「そ、そうだったのですね……。えぇ、そのお気持ちは分かります。普段から、国の象徴たる振る舞いをするようにと周りの者たちから言動を制限されていれば、せめて周りの者たちの目が届かない場所では、羽を広げたいと思うものです」
「え゛っ(違っ……)」
『えぇ、えぇ、そうなのです。なので、僕たちの歓待はしなくても結構です。とはいえ、用も無しにここに来たわけではありません。今日はジョセフィーヌ様にご相談事がありまして、登城させていただきました』
ポテンティアは、ワルツについての話題をシレッと切り替えて、本題に切り込んだ。その際、ワルツは、内心でホッとする反面、複雑そうな表情をポテンティアへと向けた。
「(話術が使えて、話題を簡単に切り替えられるなら、私の話も誤解が無いように伝えて欲しいのだけど……)」
現状、ジョセフィーヌは、ワルツがどこかのお姫様のような存在で、彼女が精神的に疲れ切っていると信じ込んでいるのである。しかし、実際にはそんなことはなく……。ワルツは単に、堅苦しいことが苦手なだけだった。
「(いや、でもちょっと待ってよ?そのまま本当の事を言うっていうのも……)」
ワルツは考えた。その上で、結論を出す。
「(あぁ、うん。無理ね……。本当の事なんて……言えない……)」げっそり
そしてワルツはガックリと肩を落とす。現状、ポテンティアが採ったような、無理矢理話題を逸らす以外に、精神的負荷を抑えたまま、話題を切り替える方法が見つからなかったからだ。もしも本当のことを伝えれば、それは赤っ恥をかくのと同義。本当の事など言えるわけが無いのだから。
ワルツが一人、落ち込んでいる間も、ポテンティアとジョセフィーヌとの間で、話は進む。
『お願いしたいことというのは——』
「何なりとお申し付け下さい!ポテンティア様!」ガッ
『え、えぇ……』
身体を乗り出して、手を握ってくるジョセフィーヌを前に、ポテンティアは一時的に言葉を失ってしまうが、彼はどうにか我を取り戻すと——、
『ご相談したいことというのは、木材の売買についてです』
——公都にやってきた理由を、ジョセフィーヌに対して説明し始めた。




