14.13-46 売買 4
テレサの転機により、処刑が無くなった後。ジョセフィーヌはワルツたちに向かって提案する。
「ご挨拶が後になってしまい、申し訳ございません。皆様、公都までようこそいらっしゃいました。このような場所でお話しするのも落ち着かないでしょうから、狭くて申し訳ございませんが、私の城にいらっしゃいませんか?」
ジョセフィーヌのその提案にワルツは反射的に断ってしまいそうになる。固い歓迎というのは、ワルツにとって苦手中の苦手。存在しないはずの胃が、キリキリと痛むイベントだからだ。
だが、ワルツは、口から断りの言葉が出てくる直前、どうにか言葉を飲み込んで、考え直す。
「(木材は持ってきたけど、これだけ騒ぎが大きくなっちゃったら、私たちの力だけで、木材の買い手を見つけるのは無理なのよね……)」
町の中は、敵襲騒ぎで騒然としていたのである。獣人の学生を見た町の人々が、慌てて逃げ出すレベルだ。
そんな状況の中で、商店などに行って、木材の買い取りを打診したとしても、契約が成立する可能性はゼロ。ここは、ジョセフィーヌの権力に頼るのが無難な選択だと言えた。
「……そうね。ジョセフィーヌにも話があるし、お言葉に甘えようかしら?」
ワルツのその言葉を聞いて、ジョセフィーヌは、ぱぁっと明るい笑みを浮かべた。歓待できることが嬉しかったらしい。
一方で、ワルツの事をよく知るメンバーたちは、皆、驚いた様子で顔を見合わせていたようだ。皆、ワルツが、ジョセフィーヌの提案を即決で断るものだと思っていたからだ。
もしやワルツは、なにか良くないものでも食べたのではないか……。戸惑いを隠せない一行だったものの、ジョセフィーヌがいる目の前でワルツに問いかけるというのもどうかと思ったのか、皆、静かに、ワルツの後ろを歩いて、城へと向かうことにしたようだ。
◇
そして、応接間に案内されて、ジョセフィーヌがやって来るまでの間。
「珍しいね?お姉ちゃんが、お城に行こうとするなんて」
ルシアはワルツに向かって事情を問いかけた。どのメンバーよりも、ワルツと一緒にいる時間の長いルシアにとっても、やはりワルツの行動は普段と異なっているように見えていたらしい。
対するワルツは、応接間のふっくらとしたソファーにだらしなく腰掛けながら、心底疲れ切った様子で返答する。
「もちろん、こういう所は苦手よ?格式張ってると、疲れるのよ。絶対、こういう所って、旅の疲れを癒やさせるとか、ゆっくりと寛がせるとかじゃなくて、精神をすり減らせるために作られた部屋なんだわ。で、政治の駆け引きに使われるのよ。きっと」
「う、うん……それはちょっと言いすぎかなぁ、って思うけど……」
「でもねぇ……。現状、木材を売る目処を付けるなら、ジョセフィーヌに頼むしか無いし、仕方ないわよね……」
「多分、お姉ちゃんの場合は、気の遣いすぎじゃないかなぁ?ジョセフィーヌさんならきっと、お姉ちゃんが何を言っても許してくれると思うし……。木材を売る話をするだけなら、応接間に来なくても、ジョセフィーヌさんの寝室に直接乗り込んで、相談すれば良かったと思うよ?」
「……やっぱりそうかしら?」
「いや、2人とも。それはどうかと思うのじゃ」
姉妹の会話が明後日の方向へと発展し始めたせいか、テレサが口を挟む。
しかし、どうやらワルツもルシアも、冗談で話をしていたらしく——、
「もちろん、そんな失礼な事はしないわよ?ねぇ?ルシア?」
「うん。もう、テレサちゃんたら、すぐに私たちの事を疑うよね?」
——と、2人揃って、テレサの指摘を否定した。
「……ほんとかの?」じとぉ
「「…………」」すっ
姉妹揃って、テレサから視線を逸らす。何か後ろめたいことがあったらしい。
それからルシアは、テレサのジト目に耐えられなくなったのか、話題を変えて問いかけた。
「そういえば、テレサちゃんさぁ。さっき町の人を処刑するって言ってたジョセフィーヌさんのことを説得したとき、言霊魔法を使わなかったよね?」
「まぁ、あの程度、魔法を使うほどのことでもないからのう」
「ふーん、相手を説得するときは、いつも言霊魔法を使うんだと思ってた」
「お主が考える妾は、どんだけ口下手なのじゃ……」げっそり
テレサが普段通りの表情を浮かべていると、ルシアが言葉を続けた。
「じゃぁ、これから公都で"かわいいもの"を探す時も、魔法を使わずに説得だけで頑張るんだね?」
「覚えておったか……。寿司は無理じゃからの?」
「かわいいものなら良いよ?」
と、今朝の出来事——放課後に公都に出向いて、"かわいいもの"を探すという約束について交わす2人。そんな2人の会話を聞いていたワルツが、話しについて行けずに頭にクエスチョンマークを浮かべていると——、
コンコンコン
「失礼します」
——国賓対応の際に着る正装に身を包んだジョセフィーヌが、応接間へとやってきた。




