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14.13-45 売買 3

 そして、ワルツたちが町の中を歩き始めると、町の中央の方から、慌てた様子で、兵士たちの一団がやって来る。その中心には、大公のジョセフィーヌがいて、兵士たち——もとい近衛騎士たちに守られながら移動していたようである。


 そんな彼女としては、騎士たちに自分のことを守ってもらおうなどとは考えていなかったようである。騎士たちと歩調を合わせるつもりが無かったからだ。他人からどう見られているかなどお構いなしに、障害物競走の走者よろしく、全力で走っていたのである。彼女の周囲を走る近衛騎士たちは、走るジョセフィーヌを守っているという体裁を取っていたようだが、実際のところは、ジョセフィーヌに置いてけぼりにされないよう、必死にジョセフィーヌに追従しようとしている、といった様子で……。皆、余裕の無さそうな表情を浮かべながら、ジョセフィーヌに併走していたようだ。


 それも仕方ないことだった。町にやってきた来客は、ジョセフィーヌにとっては恩人と言えるワルツたちなのである。にも関わらず、町の人々がワルツたちに過剰反応をして、"敵"だと決めつけ、防衛のために戦おうとしたのだから、ジョセフィーヌは気が気でなかったのだ。しかも、ワルツたちも、町を攻撃し始めたのだから、なおさらである。


「(なんてことをしてくれたのです!)」


 ジョセフィーヌは、石畳の上を必死に走った。そしてワルツたちの姿を見つけて、勢いよくジャンプ。そのまま放物線を描き、ワルツたちの前、5m付近に着地すると、その場にいた兵士のことを巻き込みながら、グルリと前転を決め——、


「申し訳ございません!」ズササッ!!


——そのまま土下座に移行した。


 対するワルツたちは、走ってやってきたジョセフィーヌが、突然土下座をするという状況を前に、戸惑っていたようである。中でもルシアは、今回の事件の引き金になったという自覚があったためか、見るからに挙動不審な様子だった。


 ルシアとは対照的に、テレサは落ち着いているようだった。彼女は終始、ルシアの言動に呆れたような表情を見せていて、この瞬間も、ルシアの隣で、肩を竦めていたのである。


「ほら、無理矢理正門を壊すから、ジョセフィーヌ殿が慌ててきてしまったではないか?」


 苦言を呈するテレサに対し、ルシアは不満げな表情で反論する。


「だって、いきなり敵だって言われて、正門を閉じられたら、怒りもするでしょ?」


「お主には、話し合いで解決するという選択肢は無いのかの?」


 テレサは呆れたように溜息を吐くと、今度はジョセフィーヌの側へと近寄り、謝罪する。ただし、ルシアには聞こえないように、声を小さくして。


「申し訳ないのじゃ、ジョセフィーヌ殿。今日のア嬢は機嫌が悪いみたいで、ちょっとしたことで怒ってしまうのじゃ。……まぁ、今日に限った事ではないかもしれぬのじゃが」


 テレサが後ろをチラチラ気にしながらそう口にすると、ジョセフィーヌが顔を上げる。


「いえ、ルシア様は悪くありません。私の恩人……引いては国の恩人である皆様に対して、敵だなどと言って、矛を向けた者たち——いえ、私たちが悪いのです!必ずや首謀者と実行犯を捕らえ、厳罰に処する所存でございます!」


「それは待って欲しいのじゃ。そんなことをされたら、妾たちとしては、困る事になるのじゃ。……のう?ア嬢。お主が短気なせいで、公都の民が処刑されることになりそうなのじゃが、それについてどう思うかの?」


 ルシアの軽はずみな行動によって、不特定多数の兵士たちや市民たちが、処刑されることになる……。テレサは暗にルシアの行動を非難した。


 対するルシアとしては、自分が責められているという状況に納得ができない様子だったものの、流石に処刑される市民が出ることは避けたかったようである。


「……ごめんなさい。正門の扉は、何も無かったように元に戻しておきます」


 人的被害は出ておらず、現状、問題が出ていると言えたのは、正門の扉が石作りになって重くなっていることくらい。それさえ元に戻してしまえば、結果的には何も起こっていないのと同義になるはずだった。もちろん、騒ぎがあったことまでは無くせないが、その引き金を最初に引いたのは、町の人々の方なのである。ルシアが目を瞑れば、市民たちの方は自業自得だと言えたので、落とし所として悪くない着地地点だと言えた。


 まぁ、それでルシアたちが納得したとしても、ジョセフィーヌたちがどう判断するかは、また別の話だが。


「……その必要はありません。ルシア様。罪人は飽くまで罪人!我が命に代えて、ルシア様に恥を掻かせた者を、一人残らず根絶やしにすることを誓います!皆の者!ルシア様方に不敬を働いたものを、直ちに引っ立てよ!その首さえあれば、殺しても構わん!」


「「「はっ!」」」


「はぁ?!」


 ルシアは慌てた。話が予期しない方向へと走り始めたからだ。


 一方で、テレサも、驚きはしていたようだが、彼女には考えがあったようである。


「……ジョセフィーヌ殿。一つ、確認してもよろしいかの?」


「はっ!何なりと!」


「ア嬢としては、話を大きくしなくなくて、壊した正門を元に戻すと言った訳なのじゃが、ジョセフィーヌ殿はア嬢のその考えを無視するつもりかの?」


 静かに問いかけるテレサを前に、ジョセフィーヌはハッとして目を見開いた。彼女はテレサの副音声に気付いたのだ。……今なら無かったことに出来るが、無理矢理に騒ぎ立てて、ミッドエデン共和国ととレストフェン大公国との国同士の争いに発展させるつもりなのか、と。


 結果、ジョセフィーヌは、顔を青ざめさせた後でしばらく考え込み……。冷静さを取り戻した様子で、周囲の者たちに対して、こう言った。


「……先ほどの命令を取り消します。全員、城へ帰投しなさい」


 その瞬間、多くの人々が、自身の耳を疑うような表情を見せていたが……。中でも一番驚いていたのは、ルシアだったと言えるかも知れない。


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