14.13-44 売買 2
ワルツたちはその場に散らばっていた木材を一塊に積み上げると、それを、車輪しか無いような見た目の馬車(?)に載せて歩き始めた。馬車を引っ張る馬はいない。馬車は勝手に動いていたのである。ルシアの重力制御魔法の効果だ。
ちなみにその馬車は、学院から持ってきたわけではなく、その場で作り上げたものである。材料は目の前に散らばっていた木材で、ワルツが一瞬で造り上げたのである。彼女たちが馬車を作り上げている際、近くには公都の人々と思しき者たちもいたのだが、ほぼ瞬間で造り上げられた馬車を見て、皆、引き攣ったような表情を浮かべたのは言うまでもないだろう。
そんな人々の驚きは、水面に広がる波紋のごとく、瞬く間に広がっていった。……一瞬で馬車を造り上げた学生たちが公都にやってきた。その一言だけで、"激震"と言えるような情報の波が、公都の喧噪を飲み込んでいく。
というのも、大公ジョセフィーヌが公都を取り戻す直前、公都はとある2人の学生によって、陥落させられたのである。それも圧倒的な力によって、ひねり潰されるかのごとく、だ。それゆえに、公都の人々は、学生——特に獣人の学生には、大きな恐怖を抱いていて、アレルギーを発症するかのように反応してしまったのである。
結果、ワルツたちが正門に辿り着く頃には——、
「ててて、敵襲ッ!!」
ゴゴゴゴゴ……
——と、正門の扉が閉じられることになる。
「えっ?敵?」
「敵って、誰かなぁ?」
「ふむ……気のせいかも知れぬが、皆、こちらを見ておらぬか?」
「そうみたいですね?」
「ふふっ、さすがは皆様。慣れていますわね?」
『まぁ、僕らにとっては日常茶飯事なので』
ワルツたちは困惑した(?)。町に入れば、獣人だからという理由で差別のようなものを受けるかも知れないと覚悟はしていたが、まさか、町に入る前から文字通り門前払いを食らうとは思っていなかったのだ。
「どうしよう?」
ワルツは思わず頭を抱えた。このままでは学院にある大量の木材を売却するという計画が破綻してしまう……。
そんな悩みを抱えていると、公都民のアレルギー源とも言うべき人物が、不満げな様子で頬を膨らませた。
「私たちが敵とか、酷いんじゃないかなぁ?」
公都を陥落させた学生の片割れ——ルシアである。
彼女は正門をじっくりと観察した。それはもう、正門に穴が開くのでは無いかと思えるほどに睨み付けた。とはいえ、彼女がしていたことは、正門の観察でも、分析でも無い。正門の近くにいる人間がどこにいるのかの把握だ。
ようするに、彼女は——、
「この前は白旗を上げてたのに、まだお灸が足りないみたいだね?」ギュッ
メキメキメキ……バキッ!
——正門を壊すつもりでいたのである。短気極まり無い行動だ。
ルシアの重力制御魔法を受けて、正門が薄い髪のように拉げる。正門だけでない。周辺の外壁や地面の石畳に至るまで、根こそぎ宙に浮かべられて、空中でひねり潰された。そして出来上がったのは、黒く重い謎の球体がひとつ。それが地面に——、
ズドォォォォン!!
——と激しい音を上げて落下する頃には、街の喧騒は静まりかえっていたようだ。
「でも、多分、ジョセフィーヌさんからの指示が伝わっていなかっただけかなぁ?」
ルシアは扉を壊した後で、再び魔力を操った。すると、正門があった付近の地面から、モリモリと岩がせり上がってくる。
岩は形を変えて、正門とまったく同じ形状に変わり、無くなった正門の代わりに、その場に聳え立った。扉まで岩で出来ていたようだ。扉の重さは数千トンといったところだろうか。ロープや馬車、あるいは滑車などの倍力装置を使っても、動かせるかは定かでない。
そんな扉は、来客者を迎えるかのように開かれており、その中に向かってルシアは歩き始めた。
「さ、行こ?」ぎゅっ
それも、ワルツとテレサの手を握って。
結果、2人だけでなく全員がルシアの後ろに付いていくことになるのだが……。皆がどんな表情を浮かべているのか、彼女は気付いていなかったようである。というより、彼女は後ろを振り向かなかった、と言うべきか。
やはりこうなるのじゃ。




