14.13-43 売買 1
そして、放課後。ワルツたちの姿は、大量の木材が置かれたグラウンドにあったわけだが——、
「んふふ♪」
——ワルツのテンションは、なぜか高かった。
彼女たちがいたのは、伐採初日にルシアが、マグネアに見せるデモンストレーションとして、切断から乾燥、製材までを行った木材の前である。大木のままでは買い取りしてもらえない可能性が高かったので、商品として完成された状態の木材を売るつもりでいたのだ。
そんな木材を前に、なぜワルツのテンションが高かったのかというと——、
「お姉ちゃん……嬉しそうだけど、どうかしたの?」
「ん?あぁ、ちょっと転移魔法陣の面白いデモンストレーションが出来そう、って思ってね?」
——転移魔法陣の研究が進み、出来る事が増えていたためだったらしい。昨晩の内に、何か発見することでもあったのだろう。
「えっ?そうなの?」
「まぁ、見てて?あぁ、そうそう。今日、ルシアは、転移魔法を使う必要は無いわよ?」
「えっ?」
戸惑うルシアの前で、ワルツはいつもどおりに銀色の瓶——魔法陣を書くためのインクが入った瓶をポケットから取り出した。その栓を開けた途端、魔法のように瓶からインクが飛び出して、空中で大きな転移魔法陣の姿を形作ると、そのまま地面へとぺたりと張り付く。転移魔法陣のスタンプだ。
そんなスタンプを2回ほど地面に貼り付けて、ワルツは2つの転移魔法陣を地面に描いた。そう、ほぼ同じ場所に2つ描いたのだ。
「これが入り口で、こっちが出口の転移魔法陣ね」
というワルツの言葉通り、2つの転移魔法陣はペアになっているらしい。
そんなワルツの行動を見ていたルシアたちは、彼女が同じ場所で無意味に転移魔法陣を使おうとしているように見えていたようである。しかし、時間が限られている中で、彼女が無意味なことをやるはずも無く……。彼女がやろうとしていたことは、皆の予想の斜め上を行くような内容だった。
「まずは木材を送ります」
ワルツは木材を次々に重力制御システムを使って持ち上げると、送り側の転移魔法陣の上へと移動させた。すると、転移魔法陣が光り、その上にあった木材は、次々に光の粒子へと変わって、転移魔法陣へと吸い込まれるように消えていく。
本来であれば、転移した木材は、すぐに出口側に現れるはずだった。しかし、待てども待てども、出口側の転移魔法陣から木材が現れる事は無かった。一体何が起こっているのか……。皆が首を傾げる。
そんな中で、ワルツはこんなことを言い出した。
「じゃぁ、最後に私たちがこれを潜りましょうか」
『「「「……えっ?」」」』
ワルツのその発言に、ルシアが驚く。
「えっ……まだ木材が戻ってきてないよ?それに……手に魔法陣をここに放置しても大丈夫なの?」
「……ふっふっふ」
「あっ……うん……。大丈夫なんだね……」
ワルツが浮かべた怪しげな笑みを前に、ルシアは悟った。……姉は何か転移魔法陣の使い方について、大きな発見をしたのだ、と。
そんな妹に、ワルツが少しずつ種明かしをする。
「この転移魔法陣って、どこにもアーティファクトも魔石も無いでしょ?実は、転移魔法陣の近くにアーティファクトとか魔石が無いと、使うことが出来ないのよ。それも、ただアーティファクトとかを持っていれば良いってわけじゃなくて、登録式だから、悪用される心配はゼロ、ってわけ」
「ふーん……」
ルシアはそう口にすると、転移魔法陣へと足を踏み入れる。しかし、転移魔法陣は起動せず、光らなかった。ワルツが転移魔法陣から少し離れているせいか、魔力の供給が行われなかったらしい。
「どんな仕組みなんだろ……」
「ふっふっふ……」
ルシアだけでなく、他の者たちも同じように首を傾げるが、ワルツは詳細を説明しなかった。どうやら、アーティファクト認証以外にも、まだ隠している事があるらしい。
「じゃぁ、行くわよ?」
ワルツがそう言って転移魔法陣へと足を踏み入れた直後——、
ブゥン……
——独特な浮遊感が一行を襲った。そして、次の瞬間には辺りの景色がガラリと変わり——、
「うん!ちゃんと想定通りに動いているわね」
——ワルツたちは学院ではない別の場所へと転移してしまう。
『「「「「えっ」」」」』
ここはどこなのか……。戸惑いながら周囲を見渡したルシアたちは、すぐに気付くことになる。
「ここ……公都?!」
転移魔法陣を抜けた先は、公都の目の前。高い門が聳え立つ、公都の正門付近だった。
いったいどういうことなのか……。足下には転移魔法陣の出口は書かれていないというのに、なぜここへとやってきたのか……。皆の表情が戸惑い一色に染まる中、ワルツはようやくまともな種明かしをした。
「実はさ、転移魔法陣って、転移する場所を修正する機能があるのよ。転移した先で壁の中や地面の中に出ないように微調整するため機能だと思うわ?で、そのパラメータを微調整ってレベルじゃなくて、思い切り大きく書き換えると、転移魔法陣から遠く離れた場所に転移できることが分かったのよ。だから、どこでも良いから出口の転移魔法陣を書いて、パラメータさえ弄っておけば、理論上は、この世界のどこにでも転移できるってわけ。まぁ、一方通行だけどね」
というワルツの説明通り、どうやら彼女は、転移魔法陣を使って、実質的に転移魔法を自由自在に使えるようになったようである。一般的な転移魔法が、一度行ったことのある場所でなければ転移できないという制約があることを考えるなら、転移魔法以上の移動手段を得る事が出来たと言えるかも知れない。
まぁ、万能、というわけではなかったようだが。




