14.13-22 特別授業2
マグネアがやってきた事で、特別教室の生徒たちは一斉に口を閉ざした。教室の中をキョロキョロと見回していたルシアたちも、皆と合わせるようにピタリと止まって前を向く。
そんな学生たちの前をマグネアは歩いて行き、ハイスピアと場所を交代した。教壇に立つ彼女は、背が低いゆえに、教卓の上から見えていたのは首から上の部分だけ。まるで学生か子どもが立っているかのように見えていたが、彼女は間違いなく教師である。
「ハイスピア先生から説明を受けていたと思いますが、この時間は私が講義をします。講義の内容は応用魔法。本来であれば高等専攻科まで進級した学生向けの授業ですが、優等生である特別教室の皆さんなら、理解出来るものと考えています。是非、今後の進路の参考にして下さい」
マグネアがそう口にした直後、彼女の背後にあった黒板に変化が生じる。まるで、レーザーの光が当たっているかのような光点が黒板の上で踊ったかと思うと、勝手に文字が浮かび上がってきたのだ。どうやらそういう魔法らしい。その様子を見ていた学生たちは、驚いて目を見開いていたようだ。
「今、黒板に文字を書いた魔法も、応用魔法の一種です。さて、いきなりですが、ここで質問します。この魔法を見て、どう思いましたか?」
そう言ってマグネアが視線を向けたのは、まさかのルシアだった。
「ルシアさん、どう思いました?素直な感想でも構いません。思った事を言ってください」
「えっ……えっと……複合魔法とはちょっと違うように見えました。だから、中級とか、上級とか、そういった魔法ではない……のかなぁ?」
「なるほど。いい目をしています」
ルシアの回答を聞いたマグネアは、嬉しそうに目を細めた。どうやら、ルシアの直感は当たっていたらしい。
「確かに、この魔法は光魔法のみで構成された単純魔法の一種で、複合魔法の分類で言うなら、初級に該当します。しかし、それは世間一般の話。実際にはそう簡単な話ではありません。光魔法を放った後、その軌道を操作したり、残像として残す場所を決めたり、逆に残像として残さない場所を決めたり……。魔法そのものの特性を操作する事で、魔法に複雑な効果を付与しているのです」
マグネアのその話を聞いたルシアは、内心で「なるほど」と納得したようである。彼女が繰り出すオートスペルは、まさにマグネアが言ったような魔法の特性を操作して実現する魔法に分類されるからだ。正確に表現するならオートスペルは魔法ではなく、『魔法技術』と表現すべき手法だったのである。
「ただ、残念なことに、このような応用魔法を使える者は殆どいないのが現状です。ましてや、日常生活で恒常的に使用している者は皆無と言って良いでしょう。では、また質問です。何故、使われないのだと思いますか?ワルツさん」
突然質問を受けたワルツは、一瞬、豆鉄砲を受けたハトのような表情を浮かべるが、すぐに反応を返した。
「えっ?難しくて、面倒臭いからなのでは?」
ワルツのそのストレートな発言に、マグネアは少しだけ眉を顰めるものの、的は射ていたためか、首肯しようとする。
が、その前に、ワルツが言葉を続けた。
「人って、必要に迫られなければ覚えない生き物なので、普段の生活の中で応用魔法が使えないのは、単純に普段の生活にそこまで複雑な魔法が必要無いからなのだと思います。マグネア先生が使えるのは、応用魔法で黒板に文字を書いた方が授業を効率的に進められるので、必要に迫られて覚えざるを得なかった——のではないですか?(身長が低いから黒板の上まで手が届かなそうだし……)」
「……いま、何か聞こえた気がしますが……えぇ、そうです。確かにその通りです。簡単な魔法であれば、誰でも気軽に使えますし、覚えるのも苦になりません。当然、上達するのも容易でしょう。ですが、操作が難しい魔法となると、覚えるのも、使いこなすのも、簡単ではありません。どんな魔法も、使い方が難しくなれば、事故の危険性も高まりますから、敢えて難しい魔法を使う人は、研究者か……あるいは余程の物好きくらいのものです」
とマグネアが口にした瞬間、テレサからルシアに向かって、ニヤニヤとした視線が飛ぶ。対するルシアは、テレサが何を言いたいのか分かったのか、とても明るいニッコリとした笑みを返したようだ。それだけでテレサの表情に青い色が浮かぶが、そのやり取りの内容を理解出来た者は当然いない。
ゆえに、授業はそのまま継続する。
「しかし、応用魔法を使いこなせれば、魔法の自由度を大きく上げる事が出来ます。例を挙げるなら——火魔法を使って水を凍らせることも可能です」
マグネアのその言葉に、教室の中が騒然となる。それほどまでに、マグネアの発言は非常識。常識的に考えるなら、火魔法で出来る事と言えば、水を加熱させて熱湯を作ったり、沸騰させるたりすることくらいなのである。それをどう操作したら、水を凍らせることに繋がるというのか、誰も分からなかったのだ。
もはや、その魔法は、火魔法ではなく、氷魔法なのではないか……。皆がそんな事を考えていると、その考えを察したかのように、マグネアが実演を始めた。




