6前前-17 夕食会1
その日の夜。
ワルツ達は、吹き飛んだ魔王城の代わりの場所に招かれていた。
・・・迷宮にあった第三魔王城である。
その中の来賓室に通されて、間もなく始まるだろう皇帝やその親しい者達との夕食会に向けた準備を行っていたワルツが、迫り来る心理的ストレスから逃れようと、いつも通りの言葉を口にする。
「・・・ねぇ、帰ってもいい?」
「ワルツ様?16回目ですよ?」
部屋に入ってからワルツの言葉を数えていたユリアが、淡々と指摘した。
そんなユリアの表情は、ワルツたちと機動装甲の背中で別れた時よりも随分と柔らかくなっていた。
実は、親族が無事だったことを確認できたのである。
ただ、彼女の生家は、巨大生物に襲われた際に残念ながら潰されてしまったらしく、彼女の親族たちはボレアス政府が用意した仮設住宅に引っ越さざるを得なくなったのだとか。
ユリアは、そんな引っ越しで忙しい家族に・・・結局声を掛けなかったらしい。
ワルツに忠誠を誓った以上、私情でワルツたちに対して迷惑を掛けたくない、そう思ったようである。
素直に、『家族の手伝いをしてくる』といえば、まず間違いなく、ワルツは別行動を許可していたことだろう。
だが、彼女たちが帰るときに、仲間たちを大切にするワルツが、ユリアのことをわざわざ家族から引き離してまで連れて帰るとは限らなかった。
・・・悪く言えば、置いて行かれるかもしれない、ということになるだろうか。
とはいえ、『迎えに来て下さい』と頼めば、ワルツは間違いなくユリアのことを迎えに行くことだろう。
まぁ、それを、家族にすら会わずにワルツのことを優先したユリアのプライドが許すかどうかは、また別の話だが。
「そう・・・4bitじゃ数えきれなくなったのね・・・」
(目指せ8bit!)
『はあ・・・』
ワルツがまた訳の分からないことを言い出したと、呆れた表情を浮かべるユリア。
そんなユリアに対して、ワルツとルシアはユキから1つの要望を受けていた。
『申し訳ないですが、ボクのことは黙っておいていただけますか?』
・・・要するに、(既にユキの正体を知っているルシアを除いて)他の仲間たちには、自分が皇帝であることを隠しておいて欲しい、というわけである。
一体、どういう理由があるのかは不明だったが、特段、ミッドエデンや自分たちにマイナスの影響があるわけではないので、ワルツもルシアも、その言葉を承諾することにした。
恐らく、ユキはユキなりに、何か思うことがあるのだろう。
・・・まぁ、それはさておき。
8bitカウンタをオーバーフローさせる勢いで、『帰りたい発言』を連呼しながら、今晩の会食に着ていく服を考えるワルツ。
・・・何か矛盾している気がしなくもないが、彼女にとってはいつものことである。
結局、色々面倒になったワルツは、着付けを途中で取りやめて、透明になってルシアの隣に付き添っていくことにした。
ユキは不可視状態になっている機動装甲の姿が見えるようなので、恐らく問題になることはないだろう。
尤も、ルシアの隣の誰も座っていない席で、勝手に食べ物が消えていく現象に、部屋の中が騒然とする可能性は否定出来ないが。
ところで。
この部屋の中には、王城で合流したシルビアと、そもそもワルツと共に行動していたルシアも一緒にいた。
ワルツとユリアが会話している間、彼女達は一体何をしていたのか。
「おめかし、おめかし〜♪」
「ルシアちゃん、それかわいいリボンですね〜」
「でしょ〜?」
「では私も追加して・・・」
まるで何かを飾り付けるかのように作業を続ける2人。
しばらくすると、そんな2人の間から・・・どこか悲しげな声が聞こえてきた。
「うぅぅ・・・どうしてこんなことに・・・」
・・・そう、どういうわけか、ワルツが間一髪で救った犬耳の少女が、ルシアたちのオモチャになって、様々なドレスを着せられた挙句、大量のアクセサリーを身につけさせられていたのである。
「・・・ほんと、どうしてかしらね・・・」
そんなルシアよりも2周りほど小さい彼女に、生暖かい視線を向けるワルツ。
要するに、諦めなさい、ということである。
それはそうと、何故、ワルツたちとは無関係の彼女が来賓室にいるのか。
・・・結論から言えば、少女の親が瓦礫と化してしまったビクセンの町並みのどこにいるのか分からなかったため、一時的にワルツ達が預かることになったのである。
どうしてそんなことになったのかは・・・市民たちを軒並み気絶させた者がいたため、といえば分かるだろうか。
「・・・ほら、ルシアとシルビア?着付けのし過ぎで、イボンヌが困っているわよ?」
「あたし、イボンヌじゃない・・・」
ワルツに名前を間違えられた(?)少女が、今度こそ泣きそうな表情を浮かべる。
「何となくそんな名前な気がしたからうっかり・・・」
「酷いです・・・ワルツさま・・・」
ワルツに名前を間違えられて、酷いショックを受けた様子を見せる少女。
どうやら、ワルツだけには名前を間違えてほしくなかったらしい。
彼女は、ワルツやルシアが巨大生物に対処していた際、2人の近くで、ユキと共に戦闘(?)の一部始終を目撃していたのである。
そのためか、ワルツの黒くなった姿と、巨大生物が黒く圧縮されていく姿、そして何より、自分に当たりそうだった石塊が同じ色になって空へと消えていった様子から、ワルツが自分の事やビクセンを救ってくれた恩人だと分かっていたのだ。
恐らく、ユキとユリアを除けば、ビクセンの市民として、唯一、ワルツの行動を知っている者、ということになるだろう。
そんな恩人であるワルツから、名前を間違えられたのである。
大きなショックを受けても何ら不思議ではなかった。
「・・・で、何て言ったかしら?貴女の名前?」
『えっ・・・』
・・・完全に名前を忘れた様子(?)のワルツに、思わず驚愕の視線を向ける仲間たちと少女。
名前を間違われた挙句、そもそも名前を覚えていないワルツを前に、少女のガラスのような心は崩壊寸前、といったところだろうか。
・・・しかし少女は、どうにか土壇場で踏み留まれたのか、心に瀕死のダメージを受けた様子を見せつつも、再度自分の名をどこか必死な様子で口にした。
「イブです!」
「・・・やっぱり、イボンヌじゃない」
「違・・・」
なお、イブという名前は、かつて研究所で飼っていた犬の名前で、イボンヌと言うアダ名が付いていたとか、いなかったとか・・・。
ともあれ、ワルツに邪険(?)に扱われても、イブはどうにか涙をこらえていた。
もしかすると、彼女の心のガラスには、衝撃を吸収するための毛がびっしりと生えているのかもしれない・・・。
ワルツがイブ相手にそんなやり取りをしていると、見かねたユリアが口を挟んでくる。
「ダメですよ〜?ワルツ様。いくら可愛いからって、そんなツンケンな態度を取ったら流石に可哀想ですよ?」
「どうしてそうなるのよ・・・」
どうやらユリアの眼には、ワルツがイブに対してツンデレをしていると写ったらしい。
(いやね?可愛いのは否定しないけど、そう簡単に受け入れるわけにもいかないのよね・・・)
そう思いながら、イブに対する対応を悩むワルツ。
悩む理由については・・・まぁ、当然のことだが、親が見つかったら離れなくてはならないことであったり、逆にイブ側がワルツ達から離れる際に嫌がるかもしれないと考えていたり・・・。
そんな、人と付き合う上で、避けては通れないような当たり前の問題はいくつでも挙げることは出来たが・・・実のところ、何よりも決定的に、彼女と仲良くできない理由が別にあった・・・。
まぁ、その話は後ほどすることにしよう。
どうしたものか、とワルツが内心で頭を抱えていると、
コンコンコン
『お客様・・・陛下がお会いになるようです』
ノックの音と、メイドらしき女性の声が、来賓室のドアの方から聞こえてくる。
「・・・ほら、ルシアとシルビア!さっさと、イボンヌの服装を直しちゃって!」
「イボンヌじゃなくてイブですー!」
両手で握りこぶしを作って、拗ねた子供のように抗議するイブだったが、あえなく、少々焦り気味のルシアとシルビアによって、(地獄の)フィッティングルームへと連行されていった。
そして、彼女たちがいなくなった後で、
「・・・今、空けるわね」
ガチャッ・・・
重力制御を使って、来賓室のドアノブを回すワルツ。
そしてドアが開いて、そこに立っていたのは・・・
「・・・あれ?ユキ?」
「えっ?・・・あぁ、はい。ユキです」
・・・玉座の間で待っているはずの皇帝シリウス(?)その人だった。
んー、色々と説明が多くなってしまったのう・・・。
本当はもう少し、減らしたかったのじゃ。
ところで、昨日は小麦が無くなったのじゃが、今日はバターと卵も無くなっておったのじゃ。
一体、どこへ行ったのじゃろうか・・・。




