14.13-13 大森林13
結局、テレサは、幻影魔法で自分とアステリアだけを隠すことにしたようだ。本来であれば、幻影魔法が掛かった者同士は、術者の意向で見えるか見えないかを調整できるはずだったが、フィンの場合は、どういうわけか、幻影魔法を掛けるとまったく見えなくなってしまうのである。その上、フィン自体が異様に影の薄い(?)人物だったので、放置しておいても野次馬に気付かれる可能性はほぼゼロ。そんな理由があって、テレサはフィンに幻影魔法を掛ける必要はないと判断したのである。
「(こやつ、本当に人間か?)」
実のところ、フィンは、幽霊やアンデッドの類いではないか……。テレサはそう疑いながらも、彼女の温もりを手に感じて、自身の思考を否定しつつ、グラウンドに転がる大木の所までやってきた。
そこでは、他にやることが無かったマリアンヌが、手で木の皮を剥いていたようである。この大陸の魔女は怪力らしく、大木の皮をメキメキと何枚も剥がしつづけても、体力が尽きることは無いらしい。あるいは、昨日、カタリナに受けた治療が早速効果を発揮している可能性も否定できないが。
そんなマリアンヌに向かって、テレサは話しかけた。
「マリアンヌ殿。順調かの?」
「……えっ?」キョロキョロ
「あぁ……透明になっておるゆえ、妾たちの姿が見えぬのじゃな」
「あら、そんな便利な魔法が……幻影魔法ですわね?」
「うむ。野次馬が多くてのう……。それで、ちょっと相談なのじゃが……現状、正直言うと、妾たちに出来る事が無いのじゃ。何か手伝えることは無いかの?」
テレサが問いかけると、マリアンヌは一旦手を止めて、そして周りを見渡してこう言った。
「そうですわね……。今のところ、皮むきも私だけで間に合っていますし、運搬の方も間に合っているようですし……」
「そうじゃよな……。皮むきは手伝えと言われても手伝えぬし……。やはりここにも妾たちの居場所は無いか……」げっそり
「えっと……テレサ様に限るならありましてよ?集まってきた学生の方々にお帰り願うよう伝えて欲しいですわ?」
と、副音声で「幻影魔法を使って追い払え」と口にするマリアンヌ。
しかし、彼女は考えを改めた。そこにはテレサの他に、アステリアの姿もあったからだ。
「でも、アステリアさんにも出来る事となると……難しいですわね……」
「そう……ですよね……。私……役立たず……」げっそり
「いやいや、アステリア殿。悲観することは無いのじゃ。今の妾に、学生たちを追い払う術は無いからの」
「「えっ?」」
「ア嬢から魔力の充填を受けねば、あの数すべての思考を書き換えるのは無理なのじゃ」
「あら、そうでしたの……」
「あっ、そうだったんですね……」
「というわけで、今の妾は無力なのじゃ。あと、此奴も」
「こやつ……?」
そこでようやくマリアンヌは気付く。テレサが手を引いている先に、薄らと何かが存在している様子に。
結果、マリアンヌは、目を丸くした。
「……え゛っ」がくぜん
「ようやく気付いたか?じゃが……そうジロジロと見ない方が良いと思うのじゃ?」
「っ?!も、申し訳ありません……」
フィンに気付いたマリアンヌは、慌てて視線を逸らした。そんなマリアンヌがどんな事を考えていたのかは不明だが、確実に言えるのは、自分の目が信じられない様子だったことだ。目を逸らした後も、彼女の目が真ん丸に開かれていたのがその証拠である。
それからというもの、マリアンヌは黙ってしまう。思考に整理が付かないらしい。
対するテレサは、黙り込んだマリアンヌに気付いていない様子だった。というのも、周囲を見渡して、自分たちに何かできることは無いかと探していたからだ。
「困ったのう……。乾燥はア嬢の仕事で、カットするのは乾燥の後じゃからのう……」
とテレサが零す。すると、フィンが首を傾げた。
「木を切るの……どうして最後?」
「別に先でも良いのじゃが、乾燥させると木が曲がるゆえ、寸法が変わってしまうからなのじゃ。乾燥させてからカットすると、それほど大きくは歪まぬからのう」
「少し曲がってても……買う人……気にしないと思う……」
「そこは妾たちのこだわりのようなものなのじゃ。買う側も、そして売る側も、真っ直ぐな木を売買した方が良いじゃろ?」
とテレサが説明すると、フィンは納得した様子だった。
しかし、テレサの眉間から皺が消えることは無い。
「……いよいよ妾たちのやることが、無いのじゃ……」
仕事を探しても、自分やアステリア、あるいはフィンに出来る仕事が見つからなかったからだ。




