6前前-16 ボレアス帝国首都ビクセン5
(どんな原理なのかしらねー・・・)
ルシアがどんな魔法を使ったのか全く分からなかったワルツは、顎に手を当てて、巨大生物が吹き飛んだ後の空をぼんやりと眺めながら、センサーからの情報を分析していた。
傍から見ると、彼女は何もせずにただ立っているようにしか見えなかったが、実のところ、爆風と巨大生物の体液が吹き荒れる大気を、ブーストした重力制御を使って、事も無げに整理していたのである。
空に浮かぶ魔物の体液が赤から黒に代わって圧縮されていき、質量-エネルギー変換が行われて虚空へと消えていくのがその証拠だ。
もしも、体液や臓物などを処理せずに、そのまま吹き飛ばしたままにしておいたなら、辺り一面、スプラッタな光景が展開されていたに違いない。
・・・さて、目の前から脅威が去った結果、ビクセンの人々の間で、一つの流れができようとしていた。
町を取り巻く白い霧のような魔力、そんな白い魔力を纏う一人の少女とその所作、そして突如として爆散した巨大生物・・・そんな光景を人々は見ていたのである。
・・・要するに、ルシアが巨大生物を倒したのだと、周囲にいた人々が気づき始めたのだ。
そして何より、彼女の近くにいた魔王シリウスの存在がそれを決定づけた、と言えるだろう。
「き、騎士様・・・」
「魔王さまが騎士様を連れて来て下さった・・・」
「騎士様が俺たちを救ってくれたのか!?」
その結果、ルシアに人々が殺到するのは自然なことであった。
「っ・・・?!」
真っ白な姿のルシアは、急に集まりだした人々を前に後退りを始め、それと同時に、身体から発せられていた魔力の放出が止まって、元の姿へと戻ってしまう。
そんな彼女のどこか怯えた表情から推測すると・・・もしかすると、ミッドエデンでの勇者の一件があってから、大勢の人々の前に出ることが苦手になったのかもしれない。
怯えるルシアの様子に気づいたワルツは、元の姿に戻った後で、彼女の前に出て民衆たちの視線が集まらないようにどうにか庇おうとする。
「はいはーい。それ以上、ジロジロ見ると、見物料取るわよ?」
そんなワルツに、ジト目を向ける民衆たち。
ルシアが大々的に活動(?)していた間、ずっとワルツは裏方に徹していたためか、
「誰だこいつ?」
「お上りさんじゃね?」
「なーんか、変な服着てるしね」
・・・誰ひとりとして、彼女がビクセンを重力制御で守っていたことには気づいていない様子だった。
(うん・・・誰も気づいてくれないのね・・・っていうか、気づかれないようにやってたんだけどさ・・・)
そもそも表立って活動することが嫌いなワルツだったが、流石に完全に気づかれていないことには、ショックを受けたらしい。
まぁ、言うまでもなく、文字通り自業自得だが。
ともあれ、このままではルシアに注目が集まることを避けられないので、ワルツは仕方なく民衆たちに対処をすることにした。
バタリ・・・
最前列にいた男性が急に倒れる。
バタリバタリ・・・
その後ろにいた女性たちも・・・
バタリバタリバタリ・・・
・・・そして、ルシアを取り囲んでいた人々が、次々に地面へと倒れこんでしまったのである。
そう、ワルツが、プレッシャーを開放したのだ。
・・・ただ、このままだと、離れた場所にいた者たちに『騎士様に近づくと気絶する』という噂を立てられかねなかった。
故に、人々が倒れ込んだ様子を見ていた無関係の者達にまで、
バタバタバタバタバタ・・・!!
ワルツは容赦なくプレッシャーを与えていったのである・・・。
・・・しばらくの後・・・
(・・・ふぅ・・・すっきりしたわ)
まるで一仕事終えたかのような表情を浮かべながら、額に溜まった汗を拭く仕草をするワルツ。
そう、一通り、民衆たちを制圧する仕事(?)を終えたのである。
とはいえ、流石にユキや子どもたちまで気絶させることは無かったが・・・。
「・・・お姉ちゃん・・・みんな倒れちゃったよ・・・?」
突然の出来事に、少しだけ恐怖の表情を浮かべながら、ルシアが呟いた。
「んー・・・まぁ、大丈夫じゃない?」
「そっかぁ・・・お姉ちゃんが言うなら、大丈夫だね!」
(流石は私の勇者。物分りが良くて助かるわ)
同時に、ルシアはもう少し人のことを疑うべきね、などと思わなくもないワルツだった。
・・・そんな時、
「あの・・・ワルツ様・・・?」
倒れ込んだ民衆に、どこかオロオロした様子で心配そうな視線を向けながら、ユキがワルツに声をかけてきた。
「ん?何かしら?」
「・・・もしかして、これはワルツ様が・・・?」
彼女は、倒れ込んだ民衆を前にしても大して表情を変える様子のないワルツの姿を見て、原因がワルツにあると直感したらしい。
ルシアのことは簡単に説得できた(?)ワルツだったが、この国の皇帝である彼女は、流石に説明も無しに納得できなかったようである。
「えぇ。私がヤったわ。あ、言っておくけど、誰も死んでないわよ?ケガもしてないし・・・」
「・・・はぁ・・・そうですか」
そんなワルツの言葉に、安堵の溜息を吐くユキ。
もしかすると、巨大生物がいなくなった代わりに、ワルツが暴れ始めると思ったのかもしれない。
「・・・ルシア様を守るためですか?」
民衆が意識を失う直前、人々に詰め寄られていたルシアのことを思い出しながら、ユキはそんな質問を口にする。
「そうね・・・それもあるけど・・・」
そう言ってから、ワルツは徐ろに、彼女の前で跪いた。
『・・・?』
突然のワルツの奇行に疑問の表情を浮かべるユキとルシア。
そんな2人の様子に苦笑を浮かべながら、ワルツはユキに対して頭を垂れて、言葉を恭しく放ち始める。
「・・・陛下がここにおられると周囲の民に知られれば、集まってきた者達に囲まれて大変な事になるかと思い、やむを得ずこの者達の意識を狩り取ったのでございます。帝都の治安維持機構が停止している現状では、仕方のないことであったとご理解いただけますよう、何卒、お願い申し上げます・・・」
「!」
そんなワルツの一言に、今自分達がどこにいるのかを察するルシア。
「・・・申し訳ございません、ユキちゃ・・・シリウス陛下・・・」
彼女もワルツに続いて、跪き、頭を下げる。
するとどういうわけか、そんな彼女たちの姿を見た犬耳の少女も、一緒に跪いて2人の真似を始めた。
「えっ・・・えっと・・・そ、そうですね。・・・・・・汝の対応、大儀であった」
そしてユキも、ワルツ達がどういう立場でこの町に来ているのかを思い出し、それ相応の態度を取ることにしたのであった。
こうしてワルツ達は、ミッドエデンからの使節として、ボレアス帝国の国賓となったのである。
・・・ただし、面倒なことになるので、巨大生物を葬ったことは伏せたまま・・・。
次話を書くより、修正するほうが大変なのは何故じゃろうか・・・。
補足じゃが、ボレアスでは、魔族側につく『勇者』のことを、『騎士』と呼んでおるのじゃ。
まぁ、詳しい話は機会があれば取り上げるかもしれんのう。
・・・話は変わるのじゃが・・・
主殿に頼んで、クッキーの材料である小麦を買ってきてもらったのじゃが・・・どういうわけか、使う前に無くなっておったのじゃ。
まぁ、2袋を買ってきてほしい、と頼んでおったので、もう一袋が手付かずであるのじゃが・・・一体、どこに行ったのじゃろうか・・・。




